山田六郎 weblog

大阪名物くいだおれ幻の三代目にして経営/観光/広報コンサルタント山田六郎が実名で執筆する有責任ブログ
経営学や観光振興についての諸問題が一応テーマですが、身辺雑記、論理的哲学的思考からみた世の中の矛盾についても書いてます。
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観光とは国威発揚なり

2010/01/21 木 | 研究 > 観光学

「観光」って単語はそもそもどういう意味なんだろう?

実のところ、やはり日本が西洋から文物を輸入し、漢字に置き換え、逆に中韓といった漢字国に逆輸出していた時代にTourismを訳したことに発するらしい。
しかし、例えば保険とか古い中国の言葉からできたように、観光もまた易経から取られたことばだった。
「観光之光、利用賓于王」(※于は干すの干ではない、縦棒がはね、横棒の上がすこし短い、中国語でいえばyu2 かな漢字はすぐ出てこないけど中国語はすぐ浮かぶ(笑))から来ている。

要するに、国の光を観察し、よく治まっていることを見ることで、そこの王の人徳を知ること、そしてそれが見られたなら王の賓客として迎えられ、仕えるのがふさわしいという意味らしい。
私はなまじ中国語をやっていたので、観光とは(その国を見尽くす)という意味だと長年思っていた。 中国語の「光」とは(○○やりつくす)という意味がある。だからこそ日本軍の三光作戦なんか中国側が作った捏造だとすぐわかる、(実際国府軍こそがよくやった戦術)光=しつくすというのは中国語特有の表現で日本軍が使うわけが無い。


国の光といっても、政治のみならず文化や風俗も含めてである。
だからそこから転じて、他所の歴史、文化、風俗、風景などを観て回るという意味でつかわれるようになった。

しかし、現在、観光といえば物見遊山だとかあまりよくないイメージを持っている雰囲気もまだ残っている。高度成長期の慰安旅行や東南アジアへの買春ツアーだとかそういうマイナスイメージも加えられ、自らが住む土地が観光地であることに拒否イメージを持つ人も多い。

しかし、例えばさんざん反日教育を受け悪い先入観だらけの韓国人や中国人が、日本に観光に来たり留学にきたりして、すっかり日本ファンになって帰っていく例を多く耳にする。
百聞は一見にしかずで、長年の洗脳がとけたといえばそれまでだが、世界的にみても日本人の民度(モラル)や秩序、公共心そして親切な心配りの細やかさに感動してしまう例が多い。

逆にあまりに純粋で善良な人々が住むからといって、犯罪者までもが大挙してわが日本に押し寄せてくるのは勘弁して欲しいが、少なくとも敵意は無くなるだろう。心理戦の面での安全保障にも寄与する。

だから我々日本人は、かつて海外のサッカー場で帰り際に全員ごみを持ち帰りきれいにして帰って現地人を感嘆させたように、すばらしい日本のモラルをいつまでも大切にして、その徳性をもって国威発揚をなそうではないか!と大いに呼びかけたい。

外に出て行く日本人観光客はモラルもお行儀もよく、世界中で歓迎される。
同じアジア人でも隣の国の観光客が各地で嫌われるのとは対照的だ。

それを逆に、インバウンドでも発揮しようではないか。
国内旅行にしても、その土地土地のよさを観光客にわかってもらうこと、皆が誇りを持って(他所はけなさない・純粋に)黙って背中でお国自慢しあうべきだろう。

また、愛国心、愛郷心のある人ほど観光ガイドを志すべきだと思う。
草の根でできる、最大の国威発揚が観光だからだ。
author : 山田六郎 | comments (0) | trackbacks (0)

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