山田六郎 weblog

大阪名物くいだおれ幻の三代目にして経営/観光/広報コンサルタント山田六郎が実名で執筆する有責任ブログ
経営学や観光振興についての諸問題が一応テーマですが、身辺雑記、論理的哲学的思考からみた世の中の矛盾についても書いてます。
なお、なぜか自分のブログに自分がコメントできません、折角コメントくれた皆さんごめんなさい、でもきちんと読んでますからご安心を。
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観光振興のB Budget

2010/01/31 日 | 研究 > 観光学 > 観光振興のAtoZ

世の中なんといってもゼニでっせ!
というわけではないけれど、やはり観光振興について活動するのにも予算が必要。
最初からふんだんに予算があったりお金持ちのスポンサーがいるわけでもなし、特にこれから町おこしということであれば当初の予算も限られるわけ。

大都市ならいざ知らず、過疎に悩む市町村や商店街にそんな予算があるわけもなし、NPO法人を設立して振興を担当させたとしても、そこ自体も補助金や助成金を頼りにしている始末。
ひどいところになると、行政と一緒に見られることもあるようで、NPO法人に補助金や助成金をたかるような人も出てくる始末。。。
いろいろご相談を受けても、それに対していくらアイディアをひねりだしても、私のギャラすら出ないなんて珍しくない。実行するにも資金がない。
だけど、私とて霞を食って生きているわけじゃない。
観光振興、予算をかけないでアイディアとパブリシティで最大の効果をもたらしましょうっていうのが売り文句でやってますけれど、所詮は、ない知恵振り絞って、知識と「第三者の視点」を切り売りしているちっぽけな取るに足らない存在に過ぎない。それでもある程度は対価をいただかないと家族ともども路頭に迷ってしまう。
だから、己れの無力さを痛感することもしばしばである。

話はそれたが、私のような部外の専門家を起用するにも、気の利いたポスター作ったりキャラクター考えるにせよ、キャンペーン貼るにしてボランティア集めても、メンバーのユニフォームやらお弁当やら交通費やら宿泊費やらなにやら、結構お金はかかるもの。まったくのゼロでは話にならない。

では、どうやって捻出するか?
それは運動する組織体それぞれの事情によるが、基本は「手弁当」そして地元有志の「寄附」、スポンサーつのったり税金から補助もらったりはそれからもっと後の話だ。

なんで手弁当かというと、あれこれ補助金やら助成金を得るためには、それなりの計画という形を整え、それがまた斬新であればあれほど降りにくい。 オリジナリティは前例がないというマイナスポイントになる。結局は出来合いの金太郎飴みたいな行政受けする計画書で助成金せしめて、効果は???。
本来は町の人みんなで考えて知恵ひねり出してやらないといけないけれど、補助金狙いじゃそこからおかしくなる。
本来は資金もアイディアも地元の有志で立ち上げないといけない。
役所は旗を降るだけ、便宜を図るだけでいい、最初からお上のお金やアイディアに頼っていては民間の力ではなくなってしまう。

でもって、観光振興運動をやろうというのは、商店会の若手だったり町の名士だったりするわけだが、前者はともかくそういった人が意外とお金を出し惜しみする。
仕方がない、それまで他のことや本業で散々お金を使ってもうなにもないという状態もありうるんだけど、リーダーが自ら労力やお金を出さないで誰がついてきますか?

そして、そのリーダーだけがお金を出すんじゃなくて、リーダーが出すからみんなもお金を出し合おうよ。とならなければ、みんながしらけていてはできるものもできなくなる。

名士とか企業とか大きいところもドカンと出すけど、広く薄く、みんながお金を出し合う。お金出すから口も出す。無関心ではいられない、そうやって住民を巻き込んでいくのも一つの手だ。

湯布院の今の繁栄も、御三家といわれる旅館の主人たちの手弁当。
道頓堀に遊覧クルーズができたのも地元の観光振興に携わる社長さんたちがン千万も自腹切って大損して、それでも頑張ったから定着した。私が大阪の観光地としての将来性について、前途洋々だと思っているのはこういった民間の有志の人々が頑張っているからだ。

大阪城の天守閣は昭和六年、150万円を全額市民の寄附で建設した。
今のお金で600億から700億、全部寄附だけど半年で集まった。
だからあの世界初の鉄骨鉄筋コンクリート造の天守閣には価値があるのだ。近代建築としての歴史的価値だけじゃない、大阪の市民パワーの象徴であるからだ。

町を愛して全国全世界に発信しようというのなら、ボトムアップでこれぐらいの盛り上がりがないとあきまへん。
だけどそうやって広く市民からお金を集めるためには、公明正大でオープンな運動体作りが必要だし、将来のビジョンもきちんと話し合えるような環境が必要。
アイディアも二番煎じじゃないオリジナルな、日本初、世界初でないとおもしろくもないし、そもそも郷土を愛する気持ちが満ち溢れていないとお金も集まらない。

個別の寄附をつのるテクニックもたくさんある。
個人、法人での賛助会員、サポーター制度はもちろん、
政治家のパーティーよろしく賛同者を集めて会費パーティーや旅行で集める、節税したそうな地元法人を探して一本釣りする、対価に広告載せる、
だけどいずれも作るだけじゃなく語りかけるものでないとお金は集まらない。そして熱く語りかけるリーダーシップと徹底的な会計の公開もまた必要不可欠。
間違っても幹部が活動資金で打ち上げだの旅行だのでドンチャン騒ぎしているようではあかん、活動資金は公金、地域の皆様を代表してさせていただくという謙虚さがないといけません。
打ち上げやら旅行するなら、それを多めに会費をとって差額を資金源にするぐらいで丁度いい。

手弁当という言葉にはお金も時間も労力も含まれている。相当な覚悟が必要であり、「あてがい扶持」の名誉職にはどだい勤まらない大役でもある。だからこそ絶大なる尊敬もされるのだ。
そしてみんなが盛り上がれば、企業のスポンサーもかならずやってくる。
偉そうなことばかりで申し訳ないが、熱い思いと自己犠牲の結果には、尊敬と成功という更なる大きな果実が待っている。
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