観光振興のF Field Work(3)
2010/02/20 土 | 研究 > 観光学 > 観光振興のAtoZ
観光振興のフィールドワーク、AIRの次はLANDの解説です。
LAND Checkは実際に自分の足で歩き回ること、これは誰でも思いつく鉄則。
だけどその「自分の足」の定義はもう少し広い範囲で考えなければならない。
あくまでマーケットである観光客にとっての「自分の足」ですから、(1)で述べたようにそれもまた千差万別のいろんな立場で見なければいけません。
その上で時間帯も工夫してください、早朝、午前の通勤時間帯、お昼時、午後、夕方、夜、深夜、地域はいろいろな顔を持ちます。
そして自分の足は人間とは限りません。
LAND Checkは実際に自分の足で歩き回ること、これは誰でも思いつく鉄則。
だけどその「自分の足」の定義はもう少し広い範囲で考えなければならない。
あくまでマーケットである観光客にとっての「自分の足」ですから、(1)で述べたようにそれもまた千差万別のいろんな立場で見なければいけません。
その上で時間帯も工夫してください、早朝、午前の通勤時間帯、お昼時、午後、夕方、夜、深夜、地域はいろいろな顔を持ちます。
そして自分の足は人間とは限りません。
歩いてはもちろんのこと、自転車、オートバイ、自動車、大型バス、鉄道利用者、こういった交通機関別の検討もまた必要です。
あらかじめ、調べておいた要所要所を歩いたり、クルマで行ったりしてください。
新規に観光地としての魅力を発掘するフィールドワークであれば、自分が何も知らない第三者の立場でまわってみて、新しい発見や感動があるか、魅力を感じるか、まち全体の雰囲気はどうか?
一言で表せば「自腹を切って旅行に来て、楽しめるか、また何度も来たくなるか?」
をキーワードに見て回ってください。
よくある例でいえば、なんとなく観光地としてのオーラが無い土地があります。
昔の人に結界を張られているのかなんなのか、よそ者を排除して歓迎しない雰囲気のまちってよくあります。
観光客にとって、落ち着かない、居心地の悪い土地。
たいがいどこもそうなのですがそれでは失格。
だけど失格だからって即落ち込まず、どうしたらそれを改善できるかの具体的なTipsを探すのが、観光振興のネタとなる資源探査と平行して行うべき具体的な作業です。
その雰囲気って目に見える具体的なことでいえば、土地の人のことしか考えられていない案内や住居表示だったりします。
それらは整備すればいいだけですが、もっと致命的なものがあります。
歴史的な佇まいの中に突然現れる奇抜な建物だったりがそうです。
神社仏閣にしてもあまり手入れがされていない、土地の人に大事にされていないようだったりします。
そして、バス停や民家の壁には朽ち果てた蚊取り線香や学生服の琺瑯看板ならまだしも(それでも見苦しい)、サラ金の看板やらパチンコ屋の看板やらが繁殖していたりします。
もとはといえば、そこに住む地域住民が生活環境や景観について無頓着で関心がないからこういった情景が形成されるのです。
だから観光客として訪れる気にもなれないような、観光振興とは無縁な土地となってしまうのです。
琺瑯看板でいえば、それの普及率日本一を売り物として資源とする以外、こういったものはレトロ趣味の居酒屋や骨董屋か博物館に移すべきものです。
なぜならば朽ち果てて放置されたそれは、家を手入れする気もなくなり、生活環境や景観への配慮に無関心を表し、生活向上をあきらめ惰性で生きている印象を無意識にも観光客に与えるからなのです。
あと、既存の観光施設があってそれらを振興させたいのなら、交通機関別の視点は重要となります。
もったいないことに、横に経済の動脈たる国道やバイパスがあるのに看板や表示がないばかりに知名度が上がらない例が多々あります。
もしくは、あったとしても突然そこだけに案内表示が出てくるような貧弱な表示。しかもよくよく見ないと分からないような大きさ。
自動車で旅行していると、予告看板がなく突然ここ右折!とかになっても車線変更できなかったりして不便この上ない、だからまぁええかとなって足を運んでもらえない。
だけど土地の人だけの発想ではそこにあるのが当たり前だからそこで曲がって当たり前、観光客も知ってて当たり前、私のようなコンサルタントがフィールドワークして指摘して、「あっそういえばそうですね」の連続だったりする。
また、雰囲気をぶちこわす残念な例でいえば、周辺の青空駐車場に見られる無断駐車に対する攻撃的な警告文。
観光振興が一部の人だけで大多数の住民がそっぽ向いてる雰囲気を醸し出す重要なアイテムです。
時間帯別のフィールドワークも重要です。
早朝、深夜、道路の込み具合はどうか、街灯の整備状況はどうか、繁華街があるのかどうかわからないが飲めるところはあるのか、地元の人で盛り上がっているのか、よそ者が入っても楽しく飲めるのかといったエンターテイメントの充実度も必要だし、早朝の市や、夜の地域の寄り合い、そこで練習される伝統芸能やらなにやら、土地の生活リズムに付随する観光資源の調査についても調査する。
よその人に説明できるように、その時間に楽しんでもらえるネタの隙間があるのかないのかを再度整理することも忘れないことです。
観光資源がみつかったとしても、そこへフリーで訪れたときに対応していただける人がいるかどうか、お寺などでも兼業サラリーマン住職で昼は出て行ってだれも説明ができないとかそういう隙があるのかないのか。意外とそのあたりが対応に難がある場合が多い。
よくあるのが、観光施設でもなんでも「要予約」の連続。
たしかに人的資源が割けないのかもしれませんが、観光客が増えてからぼちぼちとという発想では永遠に観光振興などできません。
いかにコスト最小限で常に来訪に備えられるか、ここが知恵の出しどころです。
あらかじめ、調べておいた要所要所を歩いたり、クルマで行ったりしてください。
新規に観光地としての魅力を発掘するフィールドワークであれば、自分が何も知らない第三者の立場でまわってみて、新しい発見や感動があるか、魅力を感じるか、まち全体の雰囲気はどうか?
一言で表せば「自腹を切って旅行に来て、楽しめるか、また何度も来たくなるか?」
をキーワードに見て回ってください。
よくある例でいえば、なんとなく観光地としてのオーラが無い土地があります。
昔の人に結界を張られているのかなんなのか、よそ者を排除して歓迎しない雰囲気のまちってよくあります。
観光客にとって、落ち着かない、居心地の悪い土地。
たいがいどこもそうなのですがそれでは失格。
だけど失格だからって即落ち込まず、どうしたらそれを改善できるかの具体的なTipsを探すのが、観光振興のネタとなる資源探査と平行して行うべき具体的な作業です。
その雰囲気って目に見える具体的なことでいえば、土地の人のことしか考えられていない案内や住居表示だったりします。
それらは整備すればいいだけですが、もっと致命的なものがあります。
歴史的な佇まいの中に突然現れる奇抜な建物だったりがそうです。
神社仏閣にしてもあまり手入れがされていない、土地の人に大事にされていないようだったりします。
そして、バス停や民家の壁には朽ち果てた蚊取り線香や学生服の琺瑯看板ならまだしも(それでも見苦しい)、サラ金の看板やらパチンコ屋の看板やらが繁殖していたりします。
もとはといえば、そこに住む地域住民が生活環境や景観について無頓着で関心がないからこういった情景が形成されるのです。
だから観光客として訪れる気にもなれないような、観光振興とは無縁な土地となってしまうのです。
琺瑯看板でいえば、それの普及率日本一を売り物として資源とする以外、こういったものはレトロ趣味の居酒屋や骨董屋か博物館に移すべきものです。
なぜならば朽ち果てて放置されたそれは、家を手入れする気もなくなり、生活環境や景観への配慮に無関心を表し、生活向上をあきらめ惰性で生きている印象を無意識にも観光客に与えるからなのです。
あと、既存の観光施設があってそれらを振興させたいのなら、交通機関別の視点は重要となります。
もったいないことに、横に経済の動脈たる国道やバイパスがあるのに看板や表示がないばかりに知名度が上がらない例が多々あります。
もしくは、あったとしても突然そこだけに案内表示が出てくるような貧弱な表示。しかもよくよく見ないと分からないような大きさ。
自動車で旅行していると、予告看板がなく突然ここ右折!とかになっても車線変更できなかったりして不便この上ない、だからまぁええかとなって足を運んでもらえない。
だけど土地の人だけの発想ではそこにあるのが当たり前だからそこで曲がって当たり前、観光客も知ってて当たり前、私のようなコンサルタントがフィールドワークして指摘して、「あっそういえばそうですね」の連続だったりする。
また、雰囲気をぶちこわす残念な例でいえば、周辺の青空駐車場に見られる無断駐車に対する攻撃的な警告文。
観光振興が一部の人だけで大多数の住民がそっぽ向いてる雰囲気を醸し出す重要なアイテムです。
時間帯別のフィールドワークも重要です。
早朝、深夜、道路の込み具合はどうか、街灯の整備状況はどうか、繁華街があるのかどうかわからないが飲めるところはあるのか、地元の人で盛り上がっているのか、よそ者が入っても楽しく飲めるのかといったエンターテイメントの充実度も必要だし、早朝の市や、夜の地域の寄り合い、そこで練習される伝統芸能やらなにやら、土地の生活リズムに付随する観光資源の調査についても調査する。
よその人に説明できるように、その時間に楽しんでもらえるネタの隙間があるのかないのかを再度整理することも忘れないことです。
観光資源がみつかったとしても、そこへフリーで訪れたときに対応していただける人がいるかどうか、お寺などでも兼業サラリーマン住職で昼は出て行ってだれも説明ができないとかそういう隙があるのかないのか。意外とそのあたりが対応に難がある場合が多い。
よくあるのが、観光施設でもなんでも「要予約」の連続。
たしかに人的資源が割けないのかもしれませんが、観光客が増えてからぼちぼちとという発想では永遠に観光振興などできません。
いかにコスト最小限で常に来訪に備えられるか、ここが知恵の出しどころです。




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