観光振興のG Goods
2010/02/26 金 | 研究 > 観光学 > 観光振興のAtoZ
土産物のみやげという単語の由来はご存知だろうか?
これは、宗教的な用語に由来する。
昔々、日本人のほとんどが農民で土地に縛り付けられ、関所やなんだと旅行にいくことが制限されていた時代のお話。
天下公認で旅行に行ける数少ない機会がお伊勢参りだった。
お伊勢さま以外にも神社仏閣への参詣をいう宗教名目であれば通行手形が出やすかった。
だけど、実際は神社仏閣は名目として立ち寄る場所であり、物見遊山が主目的であった。伊勢参りと称しては足を伸ばし道頓堀に来て芝居見物が常識だった。
かつての中国人が、単位から派遣されて景勝地や観光地で開催される全国会議に出席するようなものである。
これは、宗教的な用語に由来する。
昔々、日本人のほとんどが農民で土地に縛り付けられ、関所やなんだと旅行にいくことが制限されていた時代のお話。
天下公認で旅行に行ける数少ない機会がお伊勢参りだった。
お伊勢さま以外にも神社仏閣への参詣をいう宗教名目であれば通行手形が出やすかった。
だけど、実際は神社仏閣は名目として立ち寄る場所であり、物見遊山が主目的であった。伊勢参りと称しては足を伸ばし道頓堀に来て芝居見物が常識だった。
かつての中国人が、単位から派遣されて景勝地や観光地で開催される全国会議に出席するようなものである。
中国人だって、単位(会社や職場ぐらいの意味)を代表して会議という名の観光にいくがごとく、やはりお伊勢さまへの参詣にしたって、村を代表してお参りさせてもらうという大前提がある。
村を代表して一人が代参するのである。
その場合、代わりに行ってきたという証拠の神札をはる板のことを「宮笥」(みやけ)という。
みやけが転じてその土地の珍しい産物を持って帰るという当て字で土産となったのである。
ちなみに韓国語では「土産物」の漢字語そのまま"도산물"となる。日本から来た言葉に相違ない。
よく、土産物を買って帰るのは日本人特有の現象で、外国人には他人に配る土産を買う習慣がないといわれるが、こういう習俗の伝統の有無が理由であろう。
要するに、土産とはその旅行に参加できなかった人の代わりに、観光地に行った証拠の品を買って帰り、観光に行った人の体験をものを通して共有するという意義があるのである。
体験共有だから、本来物でなければならないことでもない、土産話は荷物にならない最高の土産ともよく言われる。
情報量の絶対数が少ない時代のこと、よそを見てきた人の体験談は刺激になっただろう。
諸国を歩く乞食とも浪人とも知れぬ怪しい輩へ、土地の有力者が喜んで宿泊を提供したのは、客人信仰以上に他地方の新鮮で珍しい情報に飢えていた故とも言える。
そういった、「みやげ」の本質を理解すれば、土産物の開発についてもしっかりとした方向性が出てくるのではないか?
土産とは、ただただ商品として売上を上げるためのものではなく、物を媒介とした観光振興のピーアールグッズという側面を強く持つ。
私が独立する前に世話になり、PR業務のイロハを教わった伴ピーアールにしても、そもそもは花博からなにから、いろいろと大阪の観光ピーアールの仕事をしていた。
その会社が大きく発展するきっかけとなり、私の一族との関係をもったのが、ご存知くいだおれ太郎をはじめとする、「看板キーホルダー」である。

道頓堀の観光として、芝居小屋とは別に、昭和の時代から派手な動く看板が名物でもあった。
当時、大阪の観光関係者のだれもが非常識だと驚いたのだが、これが予想に反して大ヒット。逆にそのおかげでもあり、くいだおれ太郎が全国的に知られるきっかけにもなった。
お土産として、人形のキーホルダーを持って帰る。
それをもらった人が興味を持つ。
そして、大阪に関心が集まり、再びその人の来訪動機のもととなる。
キーホルダーには店の電話番号がちゃっかり乗っていて、お金を払って買った土産物がチラシやパンフレットの代わりとなるうれしい相乗効果もあった。
おかげで、いたずら電話も全国から架かってきたのだが。
私企業の看板ですら、その土地特有の文物土産物になったのである。
なぜ、これらがヒットしたのか、それはその土地の象徴であり話題性があり、土産話をふくらます媒体となったからだと考える。
すなわち、道頓堀に行って、派手な動く看板を見て、記念写真とって、という体験を共有する媒体として単価500円のキーホルダーが機能したからである。
観光地全体としても、そういう観光振興する媒体が観光体験共有のコミュニケーションツールとして全国に流通していくことは、加速度的に知名度を上げ、潜在的マーケットを広げる有効なツールであり、戦略的にこれを開発し、活用していくことを考えていかなければならない。
それには、なによりも顧客の立場で開発をしなければならない。
その上で、モノを介してその地域を連想できるだけのブランドを確立することが土産物開発のゴールである。
最近は安直に流行のキャラクターを使ったご当地グッズが盛んだが、商業ベースで売上があればいいといった安易な志では、結局売店の売上が上がりグッズのメーカーを儲けさせるだけ、何の印象も残さずマニアのコレクションが増えるだけで観光振興などには到底結びつかない。
観光振興という大目的のためには商業ベースで成功することはもちろんであるが、それ以上に観光地ブランディングをなす要素に値する品質なりユニークさなりを兼ね備えなければならない。
単に良いではない、日本中、世界中でナンバーワン若しくはオンリーワンの存在まで昇華しないとならないのだ。
だが口で言うのは簡単だが、このあたりの開発こそは、きちんとフィーをもらってじっくり取り組むプロとしての領域でもある。
村を代表して一人が代参するのである。
その場合、代わりに行ってきたという証拠の神札をはる板のことを「宮笥」(みやけ)という。
みやけが転じてその土地の珍しい産物を持って帰るという当て字で土産となったのである。
ちなみに韓国語では「土産物」の漢字語そのまま"도산물"となる。日本から来た言葉に相違ない。
よく、土産物を買って帰るのは日本人特有の現象で、外国人には他人に配る土産を買う習慣がないといわれるが、こういう習俗の伝統の有無が理由であろう。
要するに、土産とはその旅行に参加できなかった人の代わりに、観光地に行った証拠の品を買って帰り、観光に行った人の体験をものを通して共有するという意義があるのである。
体験共有だから、本来物でなければならないことでもない、土産話は荷物にならない最高の土産ともよく言われる。
情報量の絶対数が少ない時代のこと、よそを見てきた人の体験談は刺激になっただろう。
諸国を歩く乞食とも浪人とも知れぬ怪しい輩へ、土地の有力者が喜んで宿泊を提供したのは、客人信仰以上に他地方の新鮮で珍しい情報に飢えていた故とも言える。
そういった、「みやげ」の本質を理解すれば、土産物の開発についてもしっかりとした方向性が出てくるのではないか?
土産とは、ただただ商品として売上を上げるためのものではなく、物を媒介とした観光振興のピーアールグッズという側面を強く持つ。
私が独立する前に世話になり、PR業務のイロハを教わった伴ピーアールにしても、そもそもは花博からなにから、いろいろと大阪の観光ピーアールの仕事をしていた。
その会社が大きく発展するきっかけとなり、私の一族との関係をもったのが、ご存知くいだおれ太郎をはじめとする、「看板キーホルダー」である。

道頓堀の観光として、芝居小屋とは別に、昭和の時代から派手な動く看板が名物でもあった。
当時、大阪の観光関係者のだれもが非常識だと驚いたのだが、これが予想に反して大ヒット。逆にそのおかげでもあり、くいだおれ太郎が全国的に知られるきっかけにもなった。
お土産として、人形のキーホルダーを持って帰る。
それをもらった人が興味を持つ。
そして、大阪に関心が集まり、再びその人の来訪動機のもととなる。
キーホルダーには店の電話番号がちゃっかり乗っていて、お金を払って買った土産物がチラシやパンフレットの代わりとなるうれしい相乗効果もあった。
おかげで、いたずら電話も全国から架かってきたのだが。
私企業の看板ですら、その土地特有の文物土産物になったのである。
なぜ、これらがヒットしたのか、それはその土地の象徴であり話題性があり、土産話をふくらます媒体となったからだと考える。
すなわち、道頓堀に行って、派手な動く看板を見て、記念写真とって、という体験を共有する媒体として単価500円のキーホルダーが機能したからである。
観光地全体としても、そういう観光振興する媒体が観光体験共有のコミュニケーションツールとして全国に流通していくことは、加速度的に知名度を上げ、潜在的マーケットを広げる有効なツールであり、戦略的にこれを開発し、活用していくことを考えていかなければならない。
それには、なによりも顧客の立場で開発をしなければならない。
その上で、モノを介してその地域を連想できるだけのブランドを確立することが土産物開発のゴールである。
最近は安直に流行のキャラクターを使ったご当地グッズが盛んだが、商業ベースで売上があればいいといった安易な志では、結局売店の売上が上がりグッズのメーカーを儲けさせるだけ、何の印象も残さずマニアのコレクションが増えるだけで観光振興などには到底結びつかない。
観光振興という大目的のためには商業ベースで成功することはもちろんであるが、それ以上に観光地ブランディングをなす要素に値する品質なりユニークさなりを兼ね備えなければならない。
単に良いではない、日本中、世界中でナンバーワン若しくはオンリーワンの存在まで昇華しないとならないのだ。
だが口で言うのは簡単だが、このあたりの開発こそは、きちんとフィーをもらってじっくり取り組むプロとしての領域でもある。




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