観光振興のK Kohei
2010/03/12 金 | 研究 > 観光学 > 観光振興のAtoZ
日本はよく、世界でもっとも成功した社会主義国だと言われる。
一応は資本主義なのだが貧富の格差が少ない、それはそれで良いことなのだろうが、社会主義どころか、共産主義に近いような側面もある。
共産主義の理想とするところ、それはすべての人が平等に公平に富をわかちあうということなのだが、それはまた努力するものもそうでないものも等しくということになる。
だから理想とはうらはらに国民のモチベーションが上がらず、共産主義国家の経済はことごとく停滞し失敗した。
営利企業はまだ競争に晒されているが、そうではない天国のような世界がこの国には確実に存在する、それは官公庁だ。
そこで働く公務員も、それを動かす首長や議員も、その天国のような理想世界から日本に共産主義の害毒をまき散らしているし、現実に赤旗振り回してる手合もいる。
それを代表する言葉がこれ、「あまねく公平に」だ。
一応は資本主義なのだが貧富の格差が少ない、それはそれで良いことなのだろうが、社会主義どころか、共産主義に近いような側面もある。
共産主義の理想とするところ、それはすべての人が平等に公平に富をわかちあうということなのだが、それはまた努力するものもそうでないものも等しくということになる。
だから理想とはうらはらに国民のモチベーションが上がらず、共産主義国家の経済はことごとく停滞し失敗した。
営利企業はまだ競争に晒されているが、そうではない天国のような世界がこの国には確実に存在する、それは官公庁だ。
そこで働く公務員も、それを動かす首長や議員も、その天国のような理想世界から日本に共産主義の害毒をまき散らしているし、現実に赤旗振り回してる手合もいる。
それを代表する言葉がこれ、「あまねく公平に」だ。
ビジネスと行政組織の感覚は根本的に違う。
公務員は高級官僚から現業職員まで結果責任は問われない。
決められたルールをしっかりとこなしていれば問題ない。
だから結果のことを真剣に考えなくても通用してしまう。
計画時点で、執行時点で辻褄さえ合っていればいい。
その制度を運用する上での人間の行動原理など考えなくても良いし、
問題点を有権者や議員に指摘されなければ良い、
そのおかげでどれだけの国費が無駄に費やされてきただろうか?
空港や港湾、高速道路の需要予測、年金や保険の問題、誰が責任を問われたのだろう?
戦略的な資源配分よりも、「おらが村にも○○を」と僻みやっかみ、横並び意識が優先されてきたのではないか。
「あまねく公平に」 公的な立場であるからして、行政であるからして、この一見正当な言葉とその役所の論理が、ひとりよがりでコストばかりかかって効果が出ない観光振興施策の元凶となる。
そもそも、観光振興とは地方間、自治体間で観光客という顧客を取り合うサバイバルゲームである。
競争であるからして、そのプレイヤーは皆真剣な努力と工夫を絶えず行わなければならない。
他の地域に比べてでも、地域の中ででも、他人よりより努力し、工夫し、リスクをとったものがより多く酬われる仕組みをつくらなければ回っていかない厳しい世界なのである。共産主義ではやっていけないのだ。
ところが「あまねく公平に」などといった悪平等が当然正しいやり方だと思っていたらそうはいかない。
知恵を絞って頑張った人の成果やノウハウをただ乗りして儲けようという輩にとってこの「あまねく公平に」は有利に作用する。
成功した人の真似をしておいしい思いだけをすればいいからだ。
ひどいのになると、いろいろ企業努力をして、観光地として無名なころから観光資源を見出し、いろいろ特典をつけたりして観光振興に協力し、またその魅力に磨きをかけて集客エンジンを開発したのにもかかわらず、それが軌道にのったところで、議員だとか行政だとかを動かして「そいつら一部の人間に独占させるのはけしからん」とかなんとか言って後出しじゃんけんで利権だけ得ようとする輩が横行する。
たいがいそういう連中は資本力もあって先行し苦しんだ人が割を食う。これじゃ創意工夫するだけ、最初にリスクをとるだけ損だという風潮になってしまう。
特に行政の息のかかったような観光振興団体、役所が業務で行っている観光振興、公務員や公務員出身者が事務局などに入っているような観光振興団体で見られる現象だから質が悪い。
たいがい行政はその地域の領主様であり絶対的存在、
民間の方が偉く、公務員なんか民間で役に立たない奴がなるものだなんて軽蔑されるのは大阪ぐらいなものだ。
(そしてその公務員の税金無駄遣いがボロボロ明るみに出ているのも大阪である)
ひとりよがり、補助金頼み、オリジナリティなしといった、
H2Oの諸悪の根源がこの「あまねく公平に」という役所の論理
仲良く皆さん一緒に観光振興しましょうね。って
これで地域間競争に勝てると思っているのだろうか?
行政の大義さえ全うできれば結果には一切責任を負わないという意識ともとれはしないか?
だが、観光戦略は選択と集中の一点突破でマーケットの知名度を上げるのが鉄則。
「あまねく公平」に なんてやっていたら訴求すべきポイントがぼやけてくる。プッシュできる、または協力的な観光資源はFM802のようにヘビーローテーションをかけて集中宣伝していくべきなのだ。
だが「それでは不公平だ」と横槍が入ると一気にそれが立ち行かなくなる。
例えば堺市の観光コンベンション協会では、民間の旅行会社出身の岩井参事がリーダーシップをとっている。ご存知のとおり最近観光に力をいれてきたが、地元ですら観光振興という意識が皆無であったところから観光振興の仕組み作りに一から立ち上げてこられた。
そこで彼が一番先にぶつかった壁が「あまねく公平に」だった。
いろいろ観光地として振興するために、お店に観光客向けの対応をお願いしたり、観光客にメリットを還元するサービスをお願いするのだが、まだ観光地としての自意識もない頃の話である。
当然、頑張るところとそうでないところ、色々出てくる。
そして頑張らないところほど、議員や行政に圧力をかけて上に述べたような横着をかましてくるのだ。
だがしかし、堺市がここまで急成長したのは、その中でも岩井参事が毅然とした態度をとり、頑張るところは酬われる、そうでないところはそれなりに。とメリハリをつけて観光振興に協力的な業者がより酬われる仕組み作りをされたからだ。
今、観光振興に悩む当事者の皆さんにも、思い当たる節はないだろうか?
官公庁主導では「あまねく公平に」を排除しにくい。
観光振興は民間主導でないとうまくいかないという私の主張の、大きな根拠の一つである。
公務員は高級官僚から現業職員まで結果責任は問われない。
決められたルールをしっかりとこなしていれば問題ない。
だから結果のことを真剣に考えなくても通用してしまう。
計画時点で、執行時点で辻褄さえ合っていればいい。
その制度を運用する上での人間の行動原理など考えなくても良いし、
問題点を有権者や議員に指摘されなければ良い、
そのおかげでどれだけの国費が無駄に費やされてきただろうか?
空港や港湾、高速道路の需要予測、年金や保険の問題、誰が責任を問われたのだろう?
戦略的な資源配分よりも、「おらが村にも○○を」と僻みやっかみ、横並び意識が優先されてきたのではないか。
「あまねく公平に」 公的な立場であるからして、行政であるからして、この一見正当な言葉とその役所の論理が、ひとりよがりでコストばかりかかって効果が出ない観光振興施策の元凶となる。
そもそも、観光振興とは地方間、自治体間で観光客という顧客を取り合うサバイバルゲームである。
競争であるからして、そのプレイヤーは皆真剣な努力と工夫を絶えず行わなければならない。
他の地域に比べてでも、地域の中ででも、他人よりより努力し、工夫し、リスクをとったものがより多く酬われる仕組みをつくらなければ回っていかない厳しい世界なのである。共産主義ではやっていけないのだ。
ところが「あまねく公平に」などといった悪平等が当然正しいやり方だと思っていたらそうはいかない。
知恵を絞って頑張った人の成果やノウハウをただ乗りして儲けようという輩にとってこの「あまねく公平に」は有利に作用する。
成功した人の真似をしておいしい思いだけをすればいいからだ。
ひどいのになると、いろいろ企業努力をして、観光地として無名なころから観光資源を見出し、いろいろ特典をつけたりして観光振興に協力し、またその魅力に磨きをかけて集客エンジンを開発したのにもかかわらず、それが軌道にのったところで、議員だとか行政だとかを動かして「そいつら一部の人間に独占させるのはけしからん」とかなんとか言って後出しじゃんけんで利権だけ得ようとする輩が横行する。
たいがいそういう連中は資本力もあって先行し苦しんだ人が割を食う。これじゃ創意工夫するだけ、最初にリスクをとるだけ損だという風潮になってしまう。
特に行政の息のかかったような観光振興団体、役所が業務で行っている観光振興、公務員や公務員出身者が事務局などに入っているような観光振興団体で見られる現象だから質が悪い。
たいがい行政はその地域の領主様であり絶対的存在、
民間の方が偉く、公務員なんか民間で役に立たない奴がなるものだなんて軽蔑されるのは大阪ぐらいなものだ。
(そしてその公務員の税金無駄遣いがボロボロ明るみに出ているのも大阪である)
ひとりよがり、補助金頼み、オリジナリティなしといった、
H2Oの諸悪の根源がこの「あまねく公平に」という役所の論理
仲良く皆さん一緒に観光振興しましょうね。って
これで地域間競争に勝てると思っているのだろうか?
行政の大義さえ全うできれば結果には一切責任を負わないという意識ともとれはしないか?
だが、観光戦略は選択と集中の一点突破でマーケットの知名度を上げるのが鉄則。
「あまねく公平」に なんてやっていたら訴求すべきポイントがぼやけてくる。プッシュできる、または協力的な観光資源はFM802のようにヘビーローテーションをかけて集中宣伝していくべきなのだ。
だが「それでは不公平だ」と横槍が入ると一気にそれが立ち行かなくなる。
例えば堺市の観光コンベンション協会では、民間の旅行会社出身の岩井参事がリーダーシップをとっている。ご存知のとおり最近観光に力をいれてきたが、地元ですら観光振興という意識が皆無であったところから観光振興の仕組み作りに一から立ち上げてこられた。
そこで彼が一番先にぶつかった壁が「あまねく公平に」だった。
いろいろ観光地として振興するために、お店に観光客向けの対応をお願いしたり、観光客にメリットを還元するサービスをお願いするのだが、まだ観光地としての自意識もない頃の話である。
当然、頑張るところとそうでないところ、色々出てくる。
そして頑張らないところほど、議員や行政に圧力をかけて上に述べたような横着をかましてくるのだ。
だがしかし、堺市がここまで急成長したのは、その中でも岩井参事が毅然とした態度をとり、頑張るところは酬われる、そうでないところはそれなりに。とメリハリをつけて観光振興に協力的な業者がより酬われる仕組み作りをされたからだ。
今、観光振興に悩む当事者の皆さんにも、思い当たる節はないだろうか?
官公庁主導では「あまねく公平に」を排除しにくい。
観光振興は民間主導でないとうまくいかないという私の主張の、大きな根拠の一つである。




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