山田六郎 weblog

大阪名物くいだおれ創業者山田六郎の孫にして同姓同名である、経営/観光/広報コンサルタント山田六郎が実名で執筆する有責任ブログ
経営学や観光振興についての諸問題が一応テーマですが、身辺雑記、論理的哲学的思考からみた世の中の矛盾についても書いてます。
皮肉と毒舌は個性ということで、ご勘弁を。
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観光振興のR Religion

2010/04/09 金 | 研究 > 観光学 > 観光振興のAtoZ

手前味噌で恐縮だが、私の父親が友人と共謀して世の中に新しい習慣を定着させてしまったイベントがある。

節分に太巻きを恵方に向かって黙々とまるかじりするという風習。

今から30年以上前の話、当時父はくいだおれの専務、友人こと山路昌彦氏はいまでこそ冷凍たこ焼き大手、元祖たこ昌の会長であるが当時は海苔問屋の三男坊で、海苔の商業組合青年部長だった。

これまた、Jで述べたJCで知り合った二人は意気投合。
ある日悩みに悩んでいた山路さん、食卓の洋風化で海苔が売れない。
どうしたら売れるようになるのか、なんとか海苔が大量に売れる販促の方法はないものか? と悩んで相談した。

私の父は一言、「神さんつかえ」と言った。
そこからが、山路氏のすばらしいところ。
素直に、かつ独自の研究とアレンジの結果、太巻きを節分に食べる古くも廃れた習慣を見つけてきた。
そして、それを信仰にからめ、節分の神事にかこつけたイベントとして再発信することを考え出したのだ。

会場は、アイディア元の道頓堀、くいだおれの店頭。
そこで、節分に女子大生を集めて太巻きの早食い競争のイベントを海苔組合として仕掛けたのだ。

それを毎年道頓堀で何度も繰り返して、海苔を使う太巻きの消費拡大のキャンペーンとした。
その後コンビニ各社が便乗してから、今では全国的に普及してしまった。

古くは平賀源内の土用の丑のうなぎ、モロゾフのバレンタインチョコ、毎年の年中行事を作り上げては、販促を行うというテクニックはあるが特に強力なのが宗教的背景のある、またはおまじないや厄払いといったところをからめたイベントである。

バレンタインにしてもキリスト教、節分、クリスマス、七夕、お盆、正月、宗教と科学と政治が混沌としていた時代からひきつがれている(ことになっている)風俗習慣なら、人々に理解しやすくなる。
また、科学的根拠などなくても情緒的に消費者に訴えかける、また習わしということにしておけば抵抗感もなく、話題の一つとして気軽にだれもが参加できるのだ。

翻って、観光振興のイベントとして調べた中で、全国的にも珍しい慣習、全国の発祥たる慣習、こういったものを再度見直してみてほしい。

昔の人はわかりにくいこと、説明しにくいけれど実は合理的なことを宗教的オブラードに包んで説明し伝承してきた。
だからこそ、行事や習慣にはかならずや宗教的な、呪術的な、謂れが残っているはずである。
それは科学が発達した今日、廃れてだれも振り向かないかというとそうでもない。非科学的だと分かっていても、みんなそのイベントを伝承し、楽しんで再伝承しているのです。
なぜならば、伝承的な宗教行事は科学的な因果関係を超越した、いわば「明るく楽しい白い嘘」だからです。そもそも嘘だと分かっているから責任問題だって起こり得ない。疑う方が野暮というものです。
そして、その白い嘘が単調な生活に変化やリズムを与えてくれ、季節感を持たせてくれるのです。

そして、神事や仏事であればその神社やお寺とのタイアップも可能となるおまけもついてくる。
参拝客が増えればお賽銭も増える、なんとしても地域が活性化し氏子が繁栄することは、寄附も増えるし神社にとっては喜ばしいこと。
そして、廃れたにせよ、あまり関連性がないにせよ、宗教的な謂れをさも昔からの伝統行事のように宣伝をすれば、話題となりまた訪れるきっかけの一つとなる。

定年して、引退した暇な老人がたくさんいらっしゃる。
おそらく、大抵の人はそんなことあるわけがないと信じていないのかもしれない、だけどそれをイベントとして楽しんでいただける分には、それはでいいのであります。
出かけるのがおっくうになりがちの世代へ出かける機会を与え最高のボケ封じの暇つぶしにもなる。

恋愛盛りの若い人たちには、愛や出会いにちなんだ神事を用意する。
景観を汚すほど南京錠がつけられまくった手すりや橋などもまた、おまじないといった誰も本気では信じていないけれど夢のある、半ば宗教がかったイベントが定着したが故である。
これとても、ここに行って何をするのだという強い訪問動機になる。

但し、であれば宗教的な背景をつけてイベントを作ればいいかといえばすべても限らない。
それは伝統的な古い宗教に限ります。
新宗教、新興宗教、だいたい明治あたりを境に判断されます。それでもPLだって天理教だって新宗教だけど十分定着しているとは思えますが、やはり避けたほうがよい。
具体的にいえば信者が組織化され、信者と非信者との差や取扱いがはっきりしすぎているところは避けなければなりません。
同様の理由でイスラムとか、何かと揉めている法華系の伝統宗派も敬遠したほうが無難です。
行事の担い手としての資格は決めてもいいでしょうけれど、観光振興なのですから、見物人の資格を問うようではいけません。

日本では珍しいにせよ、宗教で揉め出すと収集がつかなくなります。特定宗教の聖地レベルまで行ってしまえば別ですが、対立が懸念される場合はおもしろそうでもそれこそ敬遠したほうが無難です。
author : 山田六郎 | comments (1) | trackbacks (0)

Comment

迷探偵アルベルト | 2010/04/09 17:12
今日のテレビで、くいだおれ太郎は何処・・・・っていう番組を

みながら、六郎さんは元気かなって・・・。思い出したとこです。

確かに特定の宗教と結びつくのは危険ですよね。

法華経のあの支部長に、「あなたは、姑らとの仲が悪く、一生幸せな結婚できない・・・。」

とまで、断言されたけど、今はのほほんと嫁もしてますが・・・。

いった方に、言霊返しされた気がして。

連れっていった友人は未だ独身ですが。なんとも。

恵方巻父がせっせと守ってます。

笑えるんだけどね、家族の光景・・・。

バレンタインは不二家が最初じゃなかったっけ?








 


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