山田六郎 weblog

大阪名物くいだおれ創業者山田六郎の孫にして同姓同名である、経営/観光/広報コンサルタント山田六郎が実名で執筆する有責任ブログ
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ベビーカーを見れば何人目の子かわかる??

2009/03/23 月 | 研究 > 経営学

旧い友人のブログで面白いエントリーをみつけた。

その人は社会学の研究者で、mixiのニュース記事に英国ではベビーカーのモデルがステータスシンボルだという記事と、ご自身の学生が書いた、ベビーカーを見ただけでその子供が何番目の子供かがおおよそわかるという話の検証にショッピングモールのベビーカー売り場に行ったという話である。

で、どういうロジックで何番目の子供かがわかるかというと、

一人目の子供の場合は新品を買い求める
二人目以降の子供は兄姉のお下がりで旧いモデルとなる
という前提

ベビーカーの機能は成熟しており、モデルによって大差がない(特に技術面の差異はない)
購買における心理として、「みんなと同じ」 という心理が働く
よって、同時期に購入した場合は同じモデルとなる。
という発見

これらを総合して、最新モデルに乗っている子供は長子であり、次子以降はそれぞれ何年か前のモデルである。
ということになり、ベビーカーのモデルを見ることで何番目の子供かおおよそがわかるということだ。

ここで、先の英国の記事では、ベビーカーがステータス つまり他の消費者と持つもので自己を誇示する、社会的地位を誇示したいがためのいわゆる「誇示的消費」がベビーカー市場におけるポジショニングの関数として有効なのでは?という仮説にたどり着くのだが、
この日本のベビーカーの話(関東郊外の高層団地の例らしい)でいえば、そこの子連れの母親たちの社会的階層はほぼ均一と想定され、また日本人特有の没個性をよしとする風潮(特に関東だしね)もあって、これらは自己主張的な購買行動ではなく、没個性的な購買行動という結果となるのだろう。それが「みんなと同じ」なのである。

考えてみれば、こういった団地の子連れ主婦といった限定された範囲でも、それなりに濃密かつ複雑な人間関係を要求されるのであろう。
公園デビューだとか、なんで公園ママさんの世界でまで派閥つくるんやアホらし、と正直感じるのだが当事者としては他人にマークされて限定的コミュニティから排除されるリスクは極小化したいのであろうから「みんなと同じ」となるのだろう。
また、型落ちの物を買うことについての引け目も別途あるやもしれない。

子供は、特にこの少子化の時代、一人の母親からはせいぜい二人か三人しか生まれないし核家族だし、ベビーカーの購買行動については学習が効かず、経験に学ぶこともないだろう。
しかも機能面での差別化は効かず、デザイン面であれば家族や親世代のノウハウ移転もないだろうし。
たまひよ推奨のDQNネームに影響されて、DQNな名前を平気でつけてしまう現象からみても、育児において祖父母世代のノウハウ移転は限定的で、育児する親には、購買行動においても孤独な意思決定が要求されることが推論される。
となれば上記の心理も加わって、その時点での最新流行デザインのモデルが集中的に売れることになるのは至極合理的な消費行動といえるだろう。
author : 山田六郎 | comments (2) | trackbacks (0)

Comment

ソシオ | 2009/03/24 00:26
子どものネーミングと言えば、阪大のある社会学の教授が面白い分析をしていました。

タマヒヨ世代だけでなく、某生命保険会社の子どもの名前ランキングを分析すると面白い傾向が見えるそうです。
その学者の分析に従うと、どうも名前というのは時代の空気に規定されるようです。
山田六郎 | 2009/03/24 00:36
DQNネームのサイトは面白いですね。
親は子供を選べない、教養がない親は教養の無い非常識で流行に踊った名前をつける現象も、祖父母世代との交流(と教養)の欠如がもたらしたものとも言えるかもです。








 


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