地産地消の落とし穴
2009/10/08 木 | 研究 > 観光学
地消地産と書いてあるのを読んで、おかしいなと違和感を持つ人もいるだろう。 普通「地産地消」だろって。
でも信念もってそう書いているところがある、湯布院だ。
どこが違うか? 因果関係と順序 といってピンとくる人はマーケティングのセンスのある人だ。
「地産地消」とは、いわゆるプロダクトアウトの発想だ。
地元でとれたものを地元で使いましょうという、生産者の視線からの言葉だ、買い手、消費者の都合は二の次三の次、ひょっとして使ってあたりまえで使わないやつはけしからん奴だみたいな上から目線なのかもしれない。
逆に「地消地産」は真逆のマーケットインの発想だ。
地元で需要のあるものを地元でつくる。販売するあてがあるから安心して生産できるし安定供給も軌道にのりやすい。
売れないものを押し付けるから、わざわざ地産地消を叫んで需要を喚起しなければいけない。
確かに、土地によって土や気候の関係で必ずしも需要にこたえて最良のものができるという保証はないだろう。
しかし本来の地産地消だって、土地でできたものこそがベストの食材だという発想がある。だがそれは食材とテロワールの関係での話であって、なにも土地のものを消費者は絶対食わねばならないといった押し付けの発想ではないはずだ。
ならば、同じ条件で、よりマーケットに受け入れられるものを考えて育てるのが持続可能なあり方だろう、おまけにフードマイレージも少なくて済むから一石二鳥。
農水省=生産者の発想から、はたしてこういう考えが出てくるだろうか?分かってる業者はとっととやっている。 だけど一番頭が切り替わらないのが行政であり農協といった旧態依然とした勢力ではないか?
最近モーニングに連載している漫画エンゼルバンクでもそういった旧い発想の限界を示唆する場面が幾度となくある。
ビジネスの現実を踏まえ、儲からなければ持続もまた不可能、儲からなくても持続できる?のは親方日の丸だけの話だし、その発想を民間にも押し付けるはお門違いだろう。
美味しんぼでも食材や農業の話はでてくるが、これらには採算という視線が決定的に抜けている。だから極めようとおもったらお金がいくらあっても足りなくなる。贅沢を言い出せばきりがない。しかし需要はどこにあるのか?そこまで考察しないといけないのだ。
サービス産業である観光業も、行政やらが指導にからむと、なぜかプロダクトアウトの発想に陥りやすい。地元の観光協会だって全体のことを考えないで自分の旅館のことばかり考えたりボスとして君臨したいのが牛耳っているところは顧客志向が弱い。真剣にマーケットに向き合わないで失敗要因を景気やら世間のせいにする。どこもおざなりな他所の成功事例を適当にパクったことばかりやっている。
湯布院も観光のイニシアチブをとっているのは大御所の高級旅館の経営者で決して行政ではなかったことが成功の遠因かもしれない。
しかも街を引っ張っていった大御所の経営者は、温泉郷全体の将来像とそこへの戦略を明確にたてて、自らを変えて町全体オープンな温泉郷、たとえば自分のホテルに泊まった人が外食しようが外で飲もうが歓迎している、常識的な旅館のようになんでも自分のところで囲い込むビジネスモデルを堅持しただろう。
そういう覚悟のあるところを形だけ真似したって成功するわけがない。街全体を盛り上げようとか口先だけ言っていても、どこかでボロがでて中途半端で終わってしまう。
だから由布院が顧客満足度の上位を占め続けることができるのだ。
顧客のニーズや市場の要求を研究して対応する。見えにくいが確実な成功への道である。だから今後、地元で生産したものを地元でという言葉は「地消地産」と言い換えるべきであろう。
でも信念もってそう書いているところがある、湯布院だ。
どこが違うか? 因果関係と順序 といってピンとくる人はマーケティングのセンスのある人だ。
「地産地消」とは、いわゆるプロダクトアウトの発想だ。
地元でとれたものを地元で使いましょうという、生産者の視線からの言葉だ、買い手、消費者の都合は二の次三の次、ひょっとして使ってあたりまえで使わないやつはけしからん奴だみたいな上から目線なのかもしれない。
逆に「地消地産」は真逆のマーケットインの発想だ。
地元で需要のあるものを地元でつくる。販売するあてがあるから安心して生産できるし安定供給も軌道にのりやすい。
売れないものを押し付けるから、わざわざ地産地消を叫んで需要を喚起しなければいけない。
確かに、土地によって土や気候の関係で必ずしも需要にこたえて最良のものができるという保証はないだろう。
しかし本来の地産地消だって、土地でできたものこそがベストの食材だという発想がある。だがそれは食材とテロワールの関係での話であって、なにも土地のものを消費者は絶対食わねばならないといった押し付けの発想ではないはずだ。
ならば、同じ条件で、よりマーケットに受け入れられるものを考えて育てるのが持続可能なあり方だろう、おまけにフードマイレージも少なくて済むから一石二鳥。
農水省=生産者の発想から、はたしてこういう考えが出てくるだろうか?分かってる業者はとっととやっている。 だけど一番頭が切り替わらないのが行政であり農協といった旧態依然とした勢力ではないか?
最近モーニングに連載している漫画エンゼルバンクでもそういった旧い発想の限界を示唆する場面が幾度となくある。
ビジネスの現実を踏まえ、儲からなければ持続もまた不可能、儲からなくても持続できる?のは親方日の丸だけの話だし、その発想を民間にも押し付けるはお門違いだろう。
美味しんぼでも食材や農業の話はでてくるが、これらには採算という視線が決定的に抜けている。だから極めようとおもったらお金がいくらあっても足りなくなる。贅沢を言い出せばきりがない。しかし需要はどこにあるのか?そこまで考察しないといけないのだ。
サービス産業である観光業も、行政やらが指導にからむと、なぜかプロダクトアウトの発想に陥りやすい。地元の観光協会だって全体のことを考えないで自分の旅館のことばかり考えたりボスとして君臨したいのが牛耳っているところは顧客志向が弱い。真剣にマーケットに向き合わないで失敗要因を景気やら世間のせいにする。どこもおざなりな他所の成功事例を適当にパクったことばかりやっている。
湯布院も観光のイニシアチブをとっているのは大御所の高級旅館の経営者で決して行政ではなかったことが成功の遠因かもしれない。
しかも街を引っ張っていった大御所の経営者は、温泉郷全体の将来像とそこへの戦略を明確にたてて、自らを変えて町全体オープンな温泉郷、たとえば自分のホテルに泊まった人が外食しようが外で飲もうが歓迎している、常識的な旅館のようになんでも自分のところで囲い込むビジネスモデルを堅持しただろう。
そういう覚悟のあるところを形だけ真似したって成功するわけがない。街全体を盛り上げようとか口先だけ言っていても、どこかでボロがでて中途半端で終わってしまう。
だから由布院が顧客満足度の上位を占め続けることができるのだ。
顧客のニーズや市場の要求を研究して対応する。見えにくいが確実な成功への道である。だから今後、地元で生産したものを地元でという言葉は「地消地産」と言い換えるべきであろう。




Comment