山田六郎 weblog

大阪名物くいだおれ創業者山田六郎の孫にして同姓同名である、経営/観光/広報コンサルタント山田六郎が実名で執筆する有責任ブログ
経営学や観光振興についての諸問題が一応テーマですが、身辺雑記、論理的哲学的思考からみた世の中の矛盾についても書いてます。
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地名と身近な観光資源

2009/11/30 月 | 研究 > 観光学

忘れ物を届けに、小学校に行った。
道すがら、見慣れぬ新しい石碑が道路に立っていた。
石碑というか里程標というか一里塚というか。

書いてある内容を見るとそこには熊野街道とある。
四天王寺の出口管長の揮毫による。
八軒家浜から何キロって書いてあるが、これが里とかならもっと完璧だろう。
それにしても毎日のように行き交いしている、自宅前の道が熊野街道だったとはね。
翻ってこういう事例って多いと思う。特に大阪のような古い都市ではなおさらだ。

地元の古い言い伝えや地名などをきちんと伝えないといつか風化してしまう。郷土史家などの古文書の研究に封じ込められてしまう。
そういった歴史の風化を促進する現象として最も判りやすいのが地名の風化である。
大阪でも、地名の整理で南船場だとか東心斎橋だとかに変えられ、本来の地名が消されていく動きに歯止めをかけないと歴史的な文物が観光資源としての価値を失い、ひいては住民の意識やプライドといったソフト的価値をも滅失してしまう。
南船場だって、順慶町とかいろいろ、本来の地名があったはず。
そういう地名をたとえばストリートネームとして残すなりなんなりするべきなのに、そうでもない。教育委員会の作ったちっぽけな石碑がぽつんと残るだけだが、そんな忘れ去られた痕跡に予算を割いて観光振興ができるか? 都市観光の視点を教育委員会に求めても無駄なのかもしれないがそれこそ縦割りの弊害だろう。
現在に残り生きている地名に残る物語こそが観光客をひきつける都市の魅力の重要な要素を構築しているのである。

よくある、大合併で作られた新奇な地名。ひらがなだったり仰々しくより広域の地名を我が物として名乗ったり、こういう地名破壊、歴史破壊がその土地の物語性を毀損していく。

合併しないとやっていけないような過疎の田舎町ほど、地名破壊が大好きみたい。ひらがな市名が続出したり、そういったところほど、ニューツーリズムだとか持続可能な観光だとか土地の人とのふれあいを売り物にしたいとか、助成金目当てのコンサルにそそのかされて結局金太郎飴みたいによそと代わり映えしないような施策で行き詰っている。

だが、千年以上続く由緒正しい名前を毀損してまで、複数の合併前の各町村の面子の調整を優先してわけのわからないDQN市名をつけるような土地の人間と積極的に交流しようとする都会人がいるだろうか?
DQNな名前の子供は、親がヤンキーだったり無教養だったり、親の程度が低いっていう連想が起こるし、それは事実だろう。
呉智英だって、偏差値の高い女子大の生徒の名前は○子といった子付が多いのに対し、偏差値が低くなるほど"暴走万葉仮名”の名前が増えると書いていた。名前が問題ではなく、名前をつける親の教養程度や家庭環境によって子供の教養や学力に差がついてくるということだろう。
同じことが観光にも言えるのではないだろうか? 文化や歴史を粗末に扱うことが容認されるような地方と、歴史的な地名や文化を大切にして土地の人がそれを誇りにしている地方と、どっちがイメージがよろしいでしょうか?

読みにくかろうと、難解だろうと、歴史や謂れを大切にする、郷土に誇りをもつ姿勢こそが観光客にとっての魅力ではないだろうか?と最近つくづく思う。
author : 山田六郎 | comments (0) | trackbacks (0)

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