山田六郎 weblog

大阪名物くいだおれ幻の三代目にして経営/観光/広報コンサルタント山田六郎が実名で執筆する有責任ブログ
経営学や観光振興についての諸問題が一応テーマですが、身辺雑記、論理的哲学的思考からみた世の中の矛盾についても書いてます。

美容師学校の髪型

2009/03/04 水 | 研究 > 経営学

今日、中之島公会堂を通りがかったが、そこではどうやら美容師の専門学校の卒業式があったようだ。

この少子化の時代、こういう特定の職業に直結する実務志向の専門学校を志す人は、やはり手に職をもち、いち早く同世代よりも収入を得ようという殊勝な人か、もしくは名前をかけば入れる最底辺大学にすら入れないので仕方なくという御仁かのどちらかだろう。

後者ならいざしらず、前者の場合はインターンやスタッフとして美容師として就職はするのだろうが、将来的には独立し、小規模ながらも経営者を目指すのだろう。
ならば、多少なりとも経営者としてのセンスは必要ではないだろうか?

正直、自分としてはおしゃれには全く無頓着なので良いか悪いかはご批判あろうかと思うが、大変違和感を持った点がひとつあった。

卒業生の面々の、特に男子だが、髪型が型を押したように同じスタイルに統一されていることである。

美容学校で、校則でこういう髪型にしろというわけでもあるまい、今風の、アメ村にうじゃうじゃいそうだけど目立つわけでもない、茶髪にカラーリングされた長髪だ。
顔の形も同じでもない、なのに判で押したように同じ髪形。
男子でいえば、そう、ピタゴラスイッチにでてくるアルゴリズム体操の二人といった感じか?

お互いに課題をやったからこうなったのだろうか?
それとも今の流行の髪型はこういう風なのだろうか?

この競争の激しいだろう業界、流行の髪形をお客に提供さえすれば良いというものでもあるまい。競合同業者との競争に勝つためのポイントはなんだろう?
技術か? 顧客の要望を実現する表現力だろうか? しかしそれらとてその競合より優れている点を顧客に充分認識させる必要がある。
故横山やすしであるまいし、新地のホステスでもあるまいし、毎日美容院に通ったりあちこちお試しをする層はかなり限定さえれるのではないか?

となれば必然的に、どこかで自分なりの感性なり、オリジナリティを表現し、競合との優位性を顧客及び潜在的顧客にアピールすることがカリスマ美容師(笑)になるための条件ではないだろうか?

もし、校則でも統一課題でもないとすれば、人一倍おしゃれかつ個性的であるべき美容学校の卒業生が、金太郎飴の如く同じ髪型を今の段階からしているようでは先が思いやられないか。

空気を読むことを至上の価値とする、昨今の個性をスポイルすることが是とされる風潮に起因するものなのだろうか?
申し訳ないが、ただのそこらへんにいる若者と見分けがつかない。
若者なんだから、しかも美容学校なのだから、もっとそれぞれが個性を全面的に打ち出す、もしくは自分の顔の形や趣味趣向をアピールするような髪型にしていたら、如何に茶髪やらDQNファッションが大嫌いな小生とても、「こやつ見所あるな」と唸るところなのだがそれもない。
こんな感想、おっさんのボヤキなんだろうか?
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競争と参入障壁@郵便局

2009/03/05 木 | 研究 > 経営学

どうしても、明日区役所にとどけなければならない書類があった。

料金受取人払、投函を失念していた。明日は忙しい。
幸い近所1ブロック以内に郵便局の本局がある。集配をやっている大規模なところだ。夜間窓口があって24時間受け付けている。
以前、大学院に論文を提出するのに夜中の2時に差し出して、翌日の午後には届いた。同一区内で同一管轄なのだから、当然21時ぐらいに差し出せば翌日には配達してくれるだろうと想定して持ち込んだ。

窓口の男性、「明後日になります」え? なんでや?

DQNよろしく食い下がる。はいそうですかと引き下がるにはそれ相応の理由で納得する必要がある。
なぜですか?私学部生時代の冬休みには郵便局でバイトしてましたよ。
大学生だから、バイクにのって速達とか書留とか、内容証明でのらくら受け取りを拒む債務者さんとかに配達してましたけど、20年以上前でも速達は日に2回ぐらい、普通便は日に1回、明日は平日の金曜日だし、今集配課のところの番地ごとに仕切られたボックスに入れたら届くでしょう。別の集配局を経由しないでこの局内で完結するのになぜ明後日の土曜日なのでしょう?

いえいえ、業務効率化のためそうなってます。

うわー、これが民営化した会社の言うことかいな!!!(苦笑)

たかだか、ちょっと集配課に入って、区役所なのだから専用のボックスなりあるはずである。そこにポイっといれるのを拒むのが業務効率化だそうな。全逓が幅をきかせ、ぬるま湯のような、女子学生バイトにお菓子をふるまった牧歌的な国営時代よりも、多少サービスがよくなったのかな、と思っていたが信書・それも普通郵便に関しては全く意識が変わっていない。いやむしろ悪化している。「業務効率化」という大義名分をサービス悪化に持っていっとるがな!

なんでこないなるねん? 一言で言えば競争に晒されていないからという一言に帰結する。

確かに、宅配便などは競合が発生し、昔の郵便小包よりも利便性がありかつ全国配送をする業者がでてきた。
だから、クール便やら特急便、はてはエクスパックという私的には大ヒット商品もでてきたのだ。これは非常に使い勝手がよいので気に入っている。

しかし翻って信書はどうか? ヤマトのメール便もあるがDMなどバルク発送の業者用という色彩が強い。おいそれと個人が利用するにはアクセス性の面で非常に参入障壁は高い。
法律で規制するという法的な障壁を度外視してもアクセス性、完成されたネットワークの利便性、規模による低価格の実現、e-mailなど新規通信手段の出現によって信書市場の拡大が期待できないこと、などなど、非常に参入障壁が高く、必然としての市場独占状態である。
いくらヤマトががんばっても及ばず、窓口に来た私のような客に、嫌なら結構という態度をとっても顧客を失う恐れがないのだ。

高々数十グラムの封書と、A4ファイル大のエクスパック、普通扱いと小包扱いの違いはあれど、片や同じ局内で翌々日、片や3つも4つも集配局を経由して大阪から名古屋まで12時間前後に到着できるという馬鹿げた逆転現象が起きるのである。

インフラとして信書を郵便会社に独占させたとしても、競合の参入が期待できない以上はあまり弊害はないと思われる。
このあたりは電気やガスなどのインフラ産業に共通するものであろう。存在が公的であればあるだけ国家の統制に合理性が生じ、市場の淘汰とは別のガバナンスの作用も期待できる。

逆に言えば、法的な規制で独占を規定せずとも、競合が参入して一定の利潤が期待できる分野は独占がくずれて市場原理によるサービス向上は望める。一方そうでないところは、国家による統制によらずとも独占に起因する利便性が競争によるサービス水準向上よりも全体の利益が確保される。

ややこしい理屈をこねくりまわしたが、要するに必然的に参入障壁が高くなる産業は、独占されたほうが利便性があり、規制をわざわざせずとも逆に市場が独占を支持するということだ。

だから郵政民営化も、もしかしたらわざわざ民営企業として4つに解体せずとも、規制緩和し、経営成績の評価の制度だけをきちんと民間企業並みに数値化すれば自然と民営化と同じような効果が市場によりなされたのではないか。
民営化以前よりエクスパックもクールゆうぱっくもあった。
ゆうちょやかんぽだって同じ土俵にたてるだけの規制緩和をすればよかっただけかもしれない。むしろ独占による超過利潤を国庫に還元する金のなる木であり続けたのかもしれない。
(埋蔵金のまま放置しないという決断は必要)

もっとも、財政投融資への無駄な資金の流れを断ち切り、かつ郵政族にたいする小泉首相のルサンチマンを晴らすことが本当の目的だったのだから、上記のことはあまり関係ないのかもしれない。
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田母神元航空幕僚長講演を聴いて

2009/03/09 月 | 研究 > 経営学

土曜日に西村真悟代議士主催で、田母神元航空幕僚長講演に行ってきたことは既に書いた。

MBAではプレゼンテーションを訓練する科目もあるのだが、その講演を聴いて気づいたことをいくつか述べたい。

結論からいって、プレゼンテーション技術の面からみて、非常に上手なスピーチであった。

内容について、左方面の方は不満があったり異論反論あったのだろうが、私は幸い西村真悟先生の支持者であり、鴻池祥肇先生の支持者であり、稲田朋美先生の支持者であり、山谷えり子先生の支持者であり、と書けばお分かりいただけるだろう。そのあたりで左とのバトルになっても延々と嬉嬉として受けて立つつもりなのだが、今回は内容についての話ではない。

西村真悟先生は、並の政治屋ではない。なにせ地元への利益誘導を一切やらないタイプの井戸塀政治家である。
選挙には弱いけれど、思想に共鳴した若いボランティアが全国から駆けつけるという一面を持つ。だから観客の層は若い人が多いんかなぁ?と思って行ったのだが案外高齢者が多い、というかほとんど高齢者であった。きちんと選挙権を行使する年代。普段着の、おそらく地元の古くからの支持者であろう。
思想的に右翼の集まりという雰囲気ではなく、あまり事前の知識がない観客に対しても判りやすいこともスピーチに必要となる。

おそらくあちこちで同じような講演をやって講演長者ぐらい場数を積んでいるのもあって手馴れたものだろうが、流石に洗練されている。

まずはいつものカマシ、「危険人物の田母神です」笑いをとる。
これはパーティなんかで雰囲気を和らげるいわゆる「Ice Breaking」である。当然プレゼンでも有効。まずこれで場の雰囲気を和ませてぐっと聴衆をひきつける。

目立つ言い回しは、始めに「??である!」と断定口調で言いたいことの結論を言う。
そしてすかさず、「なぜならば・・・」と理由の解説に入る。
logical presentationを仕込まれた身としては、理にかなったスピーチ法である。思想的にも曖昧なことをぼやかす言い方は、田母神氏については誰も期待していない。力強い自信あふれたプレゼンを期待しているという前提を踏まえた上で、なおかつすんなりと主張したいことを明確に印象付ける。

そして、数多くの実体験に基づいたエピソード、落語の如く臨場感あふれた、その場の状況を再現してみる。それも自分はそのシチュエーションに立って一つ一つどう感じ、どう考え、どう対応したか、そしてその結果どのようなリアクションが来たかを判りやすく演じて見せている。
そして、これが大切なのだが、往々にしてお話で終わらせて言いたいことが伝わらないスピーチが多いが、必ず田母神氏はエピソードを語るときには落ちを欠かさない。きちんとジョークで締めくくり、なおかつ観客には問題意識を植え付ける。
これは実体験に基づくエピソードを再現してみせることによって、観客の意識を自らと同期化させることでより効果を上げる。

スピーチの最後には、ホストである西村真悟先生の政治姿勢をも話題にあげて、西村代議士の支持者でもある聴衆へのリップサービスも欠かさない。それも決して媚びるような印象ではなく、それまで述べてきた講演内容との整合性をロジカルに結び付けている。

どうもこの9月まで土日は全部講演のスケジュールで埋まっているらしい。もっと洗練されていくだろうが、今でも相当なものである。

彼は軍人のマインドを持った軍人ではあるが、講義を本職とする左翼学者やら政治家やら平和憲法堅持の癖に家帰ったらDVやってる自己矛盾作家やらと比べても遜色はない。
クールな語り口が女性を魅了する姜尚中氏は、内容は別としてロジカルなのが大変良い。しかし悲しいかなジョークがない。
福島みずほ党首なども言い切るだけで「なぜならば」が抜けている、社民党の支持が増えないのも判る、なぜならば同じ思想の支持者だけ理解できても他の無関心層や反対論者をも説得しようとする話法ではないからである。

ビジネスのスピーチやプレゼンテーションにも、田母神元航空幕僚長のスピーチテクニックは大いに参考となるだろう。田母神閣下
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侍戦隊シンケンジャーのマーケティング的考察

2009/03/15 日 | 研究 > 経営学

スーパー戦隊シリーズはこの2,3年は再度チェックしている。
最近は、ネットで拾ってくることが多いので、リアルではあまりみない。
設定のマンネリと使いまわしにうんざりしていたので見なくなっていた、大体が、動物とメカと職業の3つのモチーフを使いまわしたり、アレンジしたり。

前々回の獣拳戦隊ゲキレンジャーで敵ヒロインのメレ様と演じる平田裕香の演技に萌えー、で再度シリーズを見始めた。
ゲキレンジャーはメレ様目当て、あとゲスト声優の設定が面白かった。
動物の形象拳としてカンフーがモチーフなのだが、カンフー映画の日本語声優が多数出てきてなかなか豪華であった。
私のような年長のオタク層には馬鹿受けするのだが、果たして幼児がどれだけわかっているのか疑問。
敵役ででた故広川太一郎の遺作でもあった。(豚の怪人で、もちろんネタ元はMr.Boo!)

ゲキレンジャーはプロデューサーが大人向けのネタやら複雑な設定やらこねくりまわして、商業的に最重要である幼児層に不人気で視聴率も低迷、おもちゃも売れなかったらしく、どうやら更迭された?らしい。 次のシリーズである炎神戦隊ゴーオンジャーは原点回帰として単純な勧善懲悪となった。
なにせ、名前自体がgo-onというぐらいだから、いかに前作によってシリーズ存続が危機だったかをうかがわせる。
結構遊びも入っていたが、やはり敵役に及川奈央がいて、こっちに萌えたお父さんも多かったのではないか? ヒーロー側の女の子二人と並べたら確かに世代が違うようなのだが、演技は流石にうまく、ゴーオンジャーも敵キャラの個性に食われていた。
作品としてはスポンサーのマーケティングプロモーション的に判りやすく笑えるほど新メカが次々と登場し、従っておもちゃもどんどんで登場し集めると馬鹿にならない出費になるようだった。

で、今回のシンケンジャーはなかなか面白い。
ひょっとしてここ10年最高の傑作になるのではないかと思っている。

なぜならば、、、、となるとまたMBA的視点でも見てしまうのだが、戦隊シリーズのビジネスモデルは日本中の幼児、それも幼稚園から小学校低学年の男児をいかに熱中させて親におもちゃを買わせるということなのだが、(近年はDVDパッケージなどの二次利用が増えてそこまで言い切れないが)その熱中させ方のひとつには、主人公たちへの自己投影となりきり心理が重要なファクターなのではと思う。
シンケンジャーのアクションの主流は侍でありチャンバラである。
銃よりも実際に子供がごっこ遊びに適している。
きちんと刀のおもちゃも出していてギミックも鍔を回転させると鏡に映る部分がアニメーションになっていたりして面白い。
もうひとつ、戦隊シリーズは東映製作である。
結構それまでは毎年必ず京都へ行って江戸時代などにタイムスリップをさせて時代劇と絡ませるストーリーを入れていたりしている。
東映のコア・コンピタンスとして時代劇製作の能力があるし、なにせ太秦映画村もっているんだしね。だから時代劇は原点ともいえる。
そして今回はもろ時代劇です。現代なのに殿様がいてレッドのリーダー。
ヒーローチームのサポート役として親世代のコーチがいる設定で、今までそれが石野真子だったり伊藤かずえだったりしたのだが、今回はじい役で伊吹吾郎が出ている。
で、戦いになるとなぜか黒子が幕を張って五人が登場するのだが、ここで格さんよろしく「こちらにおわす方をどなたと心得る」となるのである。(幼児はわからんだろうな)
アクションもチャンバラが主体であり設定や演出も一貫して和風である。
変身アイテムが携帯電話なのは近年の特撮物で頻出なのだが、ショドウフォンと言って毛筆型になって空中に字を書いて変身したりコマンド出したりする。ロボットも折神という敷神だったり和風テイスト満開。変身後のスーツも着物の前あわせと同じになっている。
これほど時代劇な設定とJAEアクションと融合させて面白いものを見せてくれそうなのは、忍者戦隊カクレンジャー以来である。だから面白い。

あと、黄色の女の子の京都弁が萌えであることも軽く付け加えたい。
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ベビーカーを見れば何人目の子かわかる??

2009/03/23 月 | 研究 > 経営学

旧い友人のブログで面白いエントリーをみつけた。

その人は社会学の研究者で、mixiのニュース記事に英国ではベビーカーのモデルがステータスシンボルだという記事と、ご自身の学生が書いた、ベビーカーを見ただけでその子供が何番目の子供かがおおよそわかるという話の検証にショッピングモールのベビーカー売り場に行ったという話である。

で、どういうロジックで何番目の子供かがわかるかというと、

一人目の子供の場合は新品を買い求める
二人目以降の子供は兄姉のお下がりで旧いモデルとなる
という前提

ベビーカーの機能は成熟しており、モデルによって大差がない(特に技術面の差異はない)
購買における心理として、「みんなと同じ」 という心理が働く
よって、同時期に購入した場合は同じモデルとなる。
という発見

これらを総合して、最新モデルに乗っている子供は長子であり、次子以降はそれぞれ何年か前のモデルである。
ということになり、ベビーカーのモデルを見ることで何番目の子供かおおよそがわかるということだ。

ここで、先の英国の記事では、ベビーカーがステータス つまり他の消費者と持つもので自己を誇示する、社会的地位を誇示したいがためのいわゆる「誇示的消費」がベビーカー市場におけるポジショニングの関数として有効なのでは?という仮説にたどり着くのだが、
この日本のベビーカーの話(関東郊外の高層団地の例らしい)でいえば、そこの子連れの母親たちの社会的階層はほぼ均一と想定され、また日本人特有の没個性をよしとする風潮(特に関東だしね)もあって、これらは自己主張的な購買行動ではなく、没個性的な購買行動という結果となるのだろう。それが「みんなと同じ」なのである。

考えてみれば、こういった団地の子連れ主婦といった限定された範囲でも、それなりに濃密かつ複雑な人間関係を要求されるのであろう。
公園デビューだとか、なんで公園ママさんの世界でまで派閥つくるんやアホらし、と正直感じるのだが当事者としては他人にマークされて限定的コミュニティから排除されるリスクは極小化したいのであろうから「みんなと同じ」となるのだろう。
また、型落ちの物を買うことについての引け目も別途あるやもしれない。

子供は、特にこの少子化の時代、一人の母親からはせいぜい二人か三人しか生まれないし核家族だし、ベビーカーの購買行動については学習が効かず、経験に学ぶこともないだろう。
しかも機能面での差別化は効かず、デザイン面であれば家族や親世代のノウハウ移転もないだろうし。
たまひよ推奨のDQNネームに影響されて、DQNな名前を平気でつけてしまう現象からみても、育児において祖父母世代のノウハウ移転は限定的で、育児する親には、購買行動においても孤独な意思決定が要求されることが推論される。
となれば上記の心理も加わって、その時点での最新流行デザインのモデルが集中的に売れることになるのは至極合理的な消費行動といえるだろう。
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NUCBの経営戦略

2009/04/11 土 | 研究 > 経営学

ほぼ一週間さぼってしまった。

自分の出身校の経営戦略の話をしたい。
定番中の定番 SWOT分析から入る。

名古屋商科大学という大学がある。
誰でも入れるレベルの大学だが、入ってからとても厳しいらしい。
学生にとっても教員にとっても。出席はとる、教員に対する満足度アンケートはとられる。ちょっと異色な大学。
私はここの大学院で修士かつMBAをとった。
ここの売りはAACSBというアメリカのMBA認証機関で認証を取っていること、こういう認証機関はAACSBの他にイギリスのAMBAとベルギーEQUISとがあり、これらが無いMBAはモグリである。
MBAとは経営実務者を養成することを目的とする高等教育機関である。経営全般について幅広く万遍なく習得しなければならないが、そういう本来のMBA教育ではなく、特定のテーマについて研究する人を養成する従来の大学院も日本では経営学を研究していればMBAと自称している。悪くはないが方向性がぜんぜん違う。
MBAについて無知な人は騙せても、大学院を出た修士と認められても、一歩日本を離れればMBAの学位としては通用しない。

さて、名古屋商科大学のSWOTの話だが。
S (自社の強み)
不動産投資に成功し資金が潤沢、名古屋の中心地に豪華な大学院施設を自己所有
また、学長とその息子がオーナー経営で仕切っているので意思決定が早く、迅速かつ強力な改革が可能である

W(自社の弱み)
学部の偏差値が低い、誰でも入るFランク
名古屋以外では無名大学

O(環境の機会)
高学歴化で、もはや学部ではなく大学院教育が社会より求められている。
社会人のMBA取得熱が高まっている。
まだ、日本国内のビジネススクール界は未成熟であり、MBAでないものもまかり通っているが、慶應以外はAACSB等の国際認証を取得していないなんちゃってMBAばかりである。

T(環境の脅威)
少子化で18歳人口が減少
有名大学がこぞってMBA課程を開講

これらを判りやすく整理・分析し、自社と環境の対応において最大限の効果を発揮し、かつ自分が優位に戦える戦略をとるのが定石である。

学部のレベルとはまったく関係ない社会人学生を募集し、潤沢な資金に物を言わせて優秀な教員をそろえ、社会人学生が学びやすいカリキュラムで、かつ国際認証を取得したホンモノのMBA学位を提供し、大学として生き残りを目指す。
という経営戦略が導き出され、かつまずは成功している。

ファイナンスの研究をやりながらサブプライムで大損こいているような情けない大学と違い、きちんと経営戦略の理論を実際のビジネスに応用して成功している。栗本さん、さすがに商売上手だわ(笑)
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ゼンショーの株は叩き売るべし

2009/04/16 木 | 研究 > 経営学

報道云々の段階であれこれ決定的なことを言うべきではないと断っておきながら、もし報道が正しいとして。


すき家ゼンショー、告発した店員を告訴「飯5杯盗んだ」

2009年4月15日21時0分

 店のご飯を無断で食べたなどとして、牛丼チェーン「すき家」を展開するゼンショー(本社・東京都港区)が、残業代不払いで同社を刑事告訴した仙台市の女性店員(41)を、窃盗などの疑いで仙台地検に刑事告訴していたことが分かった。地検はすでに店員を不起訴としており、店員側は「こんな手段で威嚇、報復するのは許されない」と反発している。

 店員側の弁護士らによると、ゼンショーは、商品用のご飯どんぶり5杯分を無断で食べたとする窃盗などの疑いで、店員を告訴した。店の監視カメラの映像が証拠だとしている。

 店員は「ご飯に洗浄用ブラシの毛が入ったため商品に使わず、まかない用のおにぎりにした」などと反論。地検は今年3月、嫌疑不十分で店員を不起訴とした。

 ゼンショー広報室は告訴の事実を認めたうえで、「正式な法手続きで進めたことであり、コメントは差し控えたい」としている。

 店員は昨年4月、仲間2人と、残業代の割増賃金が不払いだとして労働基準法違反の疑いで同社を刑事告訴した。仙台地検は今年1月、同社を不起訴としたが、店員側が不払い分の支払いを同社に求めた民事訴訟が続いている。


かなりのダメージだろう。イメージダウンは避けられない。
飲食業は多くの低廉な労働力を使うことで成立している労働集約産業である。マクドとて例外ではない。
残業代などをケチるのは常道とはいえ、上場企業がやるべきことではない。だから社会的責任の少ない中小零細が生き残れる余地もまた在る。
ゼンショーは今般の報道でブラック企業の烙印を押された。
こういう従業員の搾取で成り立っている構造は消費者に嫌われる。
ジャン・バルジャンじゃあるまいし、ご飯5杯で告訴ですか?

企業の社会的責任が強く問われる時代である。
消費者も安ければ、うまければ、それだけでよい という時代ではない。投票率は上がらないくせに政治意識だけは進歩している。
少なくとも社会的意識の高い人は、すき家のみならず、ゼンショー系列を忌避するだろう。弱い立場の人を苛めて成り立っているところで食事しても、食事自体がよくても気分が悪い。
そういう気分が顧客満足度とブランド選好の重要な要素となっているのもまた、事実である。

その上でこのようなDQN企業に社会的制裁を加えてやるには、不買運動も盛り上がればよろしい。でももっと効果的なやり方がある。
株主が声を上げることである。恥ずかしい企業の株は持てないと総会で訴えること、それが面倒くさければとっとと叩き売ることである。
あんな卑劣な真似をして恥じない企業より、従業員を活かしてより収益を上げうる、将来性豊かな成長企業はいくらでもある。
DQNブラック企業の割引券を優待でもらっても嬉しくないしね。

大学院で、CSR(企業の社会的責任)を全うしない会社はいつか行き詰る。と習った。
CSRとその広報に失敗した事例は多々あるので割愛する。三菱自動車とか、赤福とか、そごうとか、いろいろ。
飲食でいえば私は組合が声を上げたことを知り、上場企業の癖して、あまりの酷さを知ってからモンテローザ系列は絶対利用しない。
友人に誘われても、えげつない搾取の話や消費者を欺く話を教えて別の店にしようと友人を説得する。

法律で決められたことを守らない。労働基準法を守らない。そういう無法なところはコンプライアンスに反する。大きな会社ほど世間に知れ渡ればダメージが大きい。
だからマクドナルドもバレたらすぐに名ばかり管理職の制度を改善したのだ。
自分にも経験があるが、とかく人件費は削るだけ削りたい、しかしそうやって搾取された従業員が真面目に働くだろうか?
またそうやって搾取を続ける企業に優秀な人材が集まるだろうか?
結局何のスキルもない、他人とうまくやっていける、私からみれば才能に恵まれた凡庸な人だけが集まるのがこの外食産業の構造ではないのか?
くいだおれだって、優秀な従業員確保には苦労した。
今や講演で飛び回っている名物女将だって、船場の旧い体質をそのまま受け継いでいたから、閉店後に仲居が集まると非難轟々だ。

あまり教養も法律の知識もない人を搾取するのはたやすい。
しかしそれで満足していたら、いつかしっぺ返しがくる。

誰でも大学に行く時代、だれでも匿名掲示板に書き込める時代なのだ。
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ヤン坊マー坊天気予報のすごさ

2009/04/20 月 | 研究 > 経営学

いまさらながら、というか今頃気づいたことがある、経営学の観点から見てヤン坊マー坊天気予報のすごさを。

もう、あの二人の男の子のアニメと歌は誰でも知っている。調べてみると昭和34年のテレビの黎明期からやっているCMである。
マーケティングとブランド構築の面からみてなんとも巧妙かつ持続的な戦略だろうと感心する。

ヤンマーの主力商品は、農機、船舶エンジン、建設機械などである。
主要顧客は第一次産業及び建設業であり、当然ながら天候に強く左右される。特に漁業において天候は、時には生死を分ける重要情報である。
また、その需要者からみての自社商品の位置づけは業務持続の命運を左右し、また人命も左右する、大海原でエンジンが止まれば死を意味するのだ、また農家にとっても年に一度の収入によって資金を手当てする必要があり、地方でメンテナンスも不十分なまま酷使されその年の業務を担う機械は性能もさることながら信頼性が一番重要であるからである。
だから導入には自己の命運をかけるだけの意思決定を要求される重要商品である。気軽に買い換えたりするものではなく、また業務用なのでファッション性よりも耐久性や信頼性が重視される性質がある。

天気予報はおおむね18時の終わりから19時間際に放映されている。全国それぞれのローカル局で地域にあった天気予報番組を提供している。
この時間帯、都市のホワイトカラーなら残業しているか仲間と呑んでいるかの時間だが、ガテン系や第一次産業、屋外での現業に従事する人々にとっては帰宅して家族で食卓を囲む時間帯である。現に私の本家筋の田舎の家では19時ごろに夕食をとっていた。今の当主は地方公務員(教師;但し定年で恩給生活)であり、従兄弟もみな農業に従事せず医師だったり歯科医だったり金融機関職員だったりするのだが、それでもこの時間が長年の習慣になっているのだろう。

主要顧客にとって、一番テレビを見ている時間帯に、一番関心のある情報を提供し、そこで自社のプレゼンスを高める。
もう、これ以上なにも望むことはないぐらい最適化されたスポンサー形態である。

そして、そこでは個別商品ではなく大まかなブランドイメージを徹底的に刷り込む。
昭和34年だから、私より上の世代でも生まれたときからCMに親しんでいるし、天気予報を知らなくてもあのキャラや歌ぐらいは知っている。
そして歌も秀逸。「きみもぼくも」とか、「農家の機械も・・・漁船のエンジン・・・建設機械もみなヤンマー」と信頼性を訴えかつ、日本の農村部のマインドであるみんな同じなら安心という心の琴線に触れる。 沈没船ジョークで「みんな飛び込んでいますよ」と訴えよという日本人への説得方法である。
バックに流れる映像も農業の現場だったり、建設現場だったり、泥臭くおしゃれでもない、しかし主要顧客の親近感はがっちりつかむ。
最後には「動かす力だ」とパワフルさのアピールも忘れない。

かくして、ヤンマーブランドはヤンマーの主要顧客に対し、信頼性、安心感という確固たるブランドイメージを幼少期から刷り込んでいく。同じ歌とキャラクターを変えず長期戦略でブランドを構築していく。個別の商品ではないが、共通するマルチな産業に共通する客層にアピールしていく。そしてそれは永遠に。
ブレないイメージ訴求の持続こそが力でありブランドの底力であることを改めて見せ付けられる事例である。
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お箸をくれないコンビニ

2009/05/12 火 | 研究 > 経営学

まだ大学院生だったころ、名古屋の集中講義でどこやらのチームが「ローソンはおにぎりを買ってもおしぼりはつかない」という名前をチーム名につけていた。

今日は同じような経験
弁当のお箸が入っていなかったので、近所のam/pmに行った。
ただお箸くださいじゃあまりにもドあつかましいので、おにぎりを買おうとしました、その上でお箸ください。とお願いした。
店員のオーナーじゃないバイトのにいちゃん「おにぎりにはつけていません」と言われました。・・・いや、お箸が欲しかったから注文したんだけど。。。
「だめですか?」「だめです」

私は急激にDQNに変貌した。
彼をにらみつけて大声で「キャンセル!」と言い放ったのであった。

次に隣のファミマでは、何ともなく、おにぎりを購入してからお願いしてお箸をもらった。
で、件のエピソードを話して「だからこっちきました、ありがとう」
といった。そこのファミマ店員もam/pmの話に呆れてた。

おにぎり一個の売上総利益など知れているのだろう、お箸つけたら赤字なのかもしれない。
しかし、そこでお箸を渡さないでわずかな粗利益をセーブして、その顧客の生涯売上高を失うのはいかがなものだろうか?
コンビニはいろいろ便益を提供しており、その便利さという付加価値でもって不毛な価格競争から無縁な定価販売であっても消費者は納得しているのである。
店頭の電気ポットもカップめんを買ってそのまま食う身にはありがたい、
それがなければ、単にコモディティとしてのカップめんを買うのならディスカウントストアで買えば安い。そこではいつでも手軽に買って食えるというコンビニが提供する便益は、実は他業態に対して強い競争力を伴っているのである。

私ははっきり、お箸が欲しいからおにぎりを買ったと言ったのだ。この場合、お箸をくれることがそのコンビニで付加価値ではないのか? それがないなら全く無価値である。
バイトの兄ちゃんだから、というのでも隣にオーナー夫妻が店員として働いているから判断あおげばいいのにそこで彼の段階で断ってしまう。
インコンビニエンスストアだね。こりゃ。
それとも私の要求がDQNだったのかな? どっちだろ?

その業態の持つ、競争力の源泉、付加価値の源泉とは何か?
深く考えてみればなかなか面白い。
author : 山田六郎 | comments (3) | trackbacks (0)

ブログ更新は顧客接点の極め

2009/07/06 月 | 研究 > 経営学

裏稼業がかなりスランプなので記事も滞る。

別の仕事の温泉HPだが、お願いしたとおり、きちんとブログを毎日更新してくれている。
http://www.kumihama-spa.com/blog/sb.cgi
こうやって現地の新鮮な話題をどんどん発信すれば、すぐには効果は出なくても、すこしづつファンが付いて、対競合競争力もつくことでしょう。

写真も上手だし、記事も素直でよい文章。
顧客との双方向の情報交換はセールスの基本だが、まずは発信しないとなんともいえない。
現代のお客は、内情まで知りたがり、そしてその取引する相手との一体感をもって感情移入し、企業理念に共感して信者となり、固定客となる。
だから何気ないくだらない話でも毎日継続して発信し、自社の息吹を感じてもらうことが不可欠である。
なんか、まとまりのつかないイロジカルな文章になってしまって申し訳ない。
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