山田六郎 weblog

大阪名物くいだおれ幻の三代目にして経営/観光/広報コンサルタント山田六郎が実名で執筆する有責任ブログ
経営学や観光振興についての諸問題が一応テーマですが、身辺雑記、論理的哲学的思考からみた世の中の矛盾についても書いてます。

堺はすごいぜ

2009/03/10 火 | 研究 > 観光学

今日、クライアントと一緒に堺市の観光コンベンション協会の岩井参事に案内してもらい、堺市の観光資源について帯同説明していただいた。

全く観光に縁がなく工業都市、住宅都市という印象が強かった堺市を2年程度で観光都市、しかも埋もれていた観光資源を最大限に発掘し、戦略的プロモーションが良く機能する素晴らしい都市であるが、これらは一重に岩井氏の尽力による。
大阪市の公的観光プロモーションのお粗末さを知っている身から見たらなんともうらやましく、また地元大阪の旧態依然とした不甲斐無さに情けなく思う。

それらの具体的な説明は追ってこのブログに書きたいとは思う。
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堺の見所・・・鍛冶屋さん

2009/03/12 木 | 研究 > 観光学

堺市の地場産業で全国シェアダントツの一番のもの、かつ既に有名なものといえば包丁でしょう。
和包丁となれば、世界シェア自体が一番です。
日本料理の根源は上方であり、その基盤のひとつとなるのが堺の和包丁。有職や茶懐石は京、そして宴席料理である食いきりの会席や割烹は大阪がその発祥であり本場であります。しかし茶懐石についても、実は千利休の出身地である堺こそ、真のわび茶の発祥といえる。
実は、平安時代とか、有職で包丁式なんてのがあった。しかし現在行われているのは平安当時のものと同じとはいえない。
なぜならば、包丁が違うから。
今の形の和包丁ができたのは、タバコがポルトガルから入ってきて、そのためのタバコ包丁が元になって作られたものである。
実はそれまでは、刺身は刀で引いていたのである。
刀鍛治も盛んだった堺、鉄砲鍛治も盛んだったし、戦国以降も一大鉄鋼製造業の拠点だったようですが、流石に刀はもうほとんど、産業といえる規模は作っていない。
鉄砲なんて一番作ってるのは名古屋の豊和工業ですし。
でも、包丁はしっかりと受け継がれています。
それに堺の和包丁はすべて手作り!なのです。

この日お伺いしたのは、株式会社水野鍛錬所さん。
特別に鍛冶場も見せていただきました。

法隆寺の五重塔には、なぜか魔除けに鎌が4つ飾ってありますが、これを作ったのもこちらさん。
だから、これを手にとって触れます。レプリカではありません、同時製造ですから同じもんといえるでしょう。


水野鍛錬所1
水野鍛錬所2


きちんといろいろと謂れを説明してもらえます。
法隆寺からでてきた古釘の実物も持てますが、釘といってもこのような大きいもの

水野鍛錬所3

これをまた、溶かして鎌にしたとか。
こういう由緒正しいお仕事もされていますし、和包丁も作って売ってくれますし、刀だって打って売ってくれます。
但し教育委員会やら手続きが大変で、注文から一年近くかかり、お値段も安い居合刀の真剣なら100万円弱のところ、300万円ぐらいのものとなります。
しかし、こちらで打たれる刀は、大相撲の優勝力士や学生相撲の横綱に贈られる最高級品でして、琴光基関は2振り持っているとか。
で、今三月場所が近いけれど、白鵬関の分がまだ間に合うかとあせっておられました。



水野鍛錬所4

こちらが鍛冶屋さんの現場です。


今、堺の産業観光ルートの企画のお仕事を受けているのですが、産業観光として、最新のシャープ液晶工場や、amazonの物流とか見るのも良いのですが、それだけではなく連綿とした物づくりの伝統や風土というものをしっかりお客様に理解していただくことが観光として必要なのではと思う次第であります。
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堺の見所・・・線香屋さん

2009/03/16 月 | 研究 > 観光学

堺は中世の昔から外国にひらいた貿易港でした。
そのため外国から珍しい文物がたくさん入ってきて、それによる産業も盛んでした。
その中のひとつが線香。
外国からの珍しく貴重な香木が加工され、香道に、お茶にと珍重されていました。

今回お邪魔したのが、薫主堂さん。創業明治20年ですが、建物は江戸時代のもの、NHKで与謝野晶子のドラマを撮るときにロケにも使われました。
薫主堂1

お店の中からは良い香りが漂ってきます。
薫主堂2
すべて手作りです。写真のぎりぎり右上に見える匂い袋はちりめん製の奥様の手作りでひとつつくるのに30分かかるそうです。
アロマテラピーにも良いようで、ひとつ800円と大変リーズナブル。ですから団体でお客が来るとあっというまに売り切れます。

今回はありがたいことに、工房にお邪魔させていただきました。
作業されておられるのは、伝統工芸士でもある北村欣三郎氏です。
薫主堂3
この作業は機械から出した細長い、まだぬれてやわらかい線香を板にのせ、長さを整えているところです。
貴重な香木をふんだんに使った原料ですから無駄にできません。
切れ端も集めて再度機械にいれて使います。
近年は香木、特に白檀がサブプライム前のWTIの如く高騰しているとのこと。
薫主堂4
これが、機械で細長く原料を押し出すところ。
香木と、つなぎもまた木材で天然成分100%です。
漢方薬とも通じる原料なので食べても大丈夫。

線香などは、特に中華圏のお客様に喜ばれる要素があるので、インバウンドを担当される方は是非コースに組み入れておくべきでしょう。
懐石にせよ、和菓子にせよ、線香にせよ、本当に良いものをリーズナブルに買えるのは、京都ではなくて、大阪であり、堺であります。
イメージや知名度に高いお金を費やすのも、真実を知れば馬鹿馬鹿しくなります。
実際に線香などでも最高の品質のものが京都で買う半額以下で求められます。

近所には鉄砲屋敷もある地域、ここは個人の所有なので非公開
鉄砲屋敷
鉄砲屋敷+
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堺の見所・・・和菓子屋さん

2009/03/17 火 | 研究 > 観光学

和菓子の本場とは、、、茶道が盛んな京都や金沢を連想する方が多いと思う。
たしかにそれらもそうだけど、どっこい堺を忘れてはならない。
現在の茶の湯の元祖とも言えるのは千利休であり、その千利休が活躍したのは堺である。週刊モーニング連載のへうげものを読んでいたら理解できると思う。

その伝統からか、和菓子の老舗、名店も数多く存在する。

こちらは肉桂餅の八百源さん、創業元禄二年の老舗
堺和菓子1
中世から江戸時代にはシナモンが貴重な輸入品であった、そんな貴重品を和菓子にしました。そもそも、こちらの御家は香木や香料の商人だったそうです。
看板は昔の船を解体したものを利用。
詳しくは、ここでつべこべ述べるよりもリンク先のe-shopに書かれていますので、ご覧ください。

最近、ご主人はシナモンでカステラを作り好評なようです。
堺和菓子2
こういうところも、デパートなどに出店したり、ネット販売したり常に新しいことにチャレンジしていらっしゃいます。

次にご紹介するのは大寺餅さん ビルは戦後のものですが創業は慶長元年!、このあたりは大東亜戦争の戦災で焼ける前には、開口(あぐち)神社の境内にあり、また堺でもこのあたりが一番の繁華街だったそうです。
で、与謝野晶子は、実家が駿河屋という御菓子屋だったのに、いつもここの大寺餅を好み、東京へ移住した後もここのお餅を、今で言うお取り寄せをずっとしていたそうです。そして死ぬ間際も、ここのお餅が食べたいとおっしゃったとか。
晶子の死後も子孫が必ず買いにこられたということだそうです。
堺和菓子3

堺和菓子4
こちらの大寺餅は曾我廼家五郎さんの大好物だったようで、そのため楽屋にも出入りされ、曾我廼家という名前もこのお店だけにライセンスされているようです。

それでもって、いまや大阪でもお土産の典型となっている赤福餅も、創業者がこちら大寺餅さんで修行して独立したという謂れがあります。ですからこちらのあんころ餅こそが、伊勢の名物赤福餅の元祖とも言えるのです。

このように、というか紹介したのはごく一部ですけれど、全国的にはまだまだ知られていない名店が数多く存在するわけです。
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宿泊施設の相対的価値

2009/09/21 月 | 研究 > 観光学

SWというのに仕事の都合で一泊だけ、家族で白浜へ旅行に行って来た。
相変わらず阪和道は海南以南がずっと渋滞、片側一車線しかない、行楽時期は慢性的に混雑する、車線が半分なのに所要時間は二倍どころか十倍以上。なにか悪くなりだすと加速度的に悪影響がひろがるということか?

ところで、その日に泊まったのが一泊一万円の宿。
一万円といっても一人あたりではない、家族全員で一万円だ。
素泊まりなのだがYHよりも安い。ほとんどセルフサービスだがすいていた。なにせこの五連休の初日だというのに宿泊客が私の家族だけ。
地元紙によれば白浜の旅館組合の宿泊は最終日を除き加盟旅館すべて満席だというのにだ。宿帳を見ればこの夏休み7/19以降私たちで15組目。逆に安さ云々というよりも五連休の繁忙期でも泊まれるところがあってありがたかったというのが正直なところ。よそも当たったがすべて「満室」だった。
http://mahoroba8010.com/guesthouse2.html

そんなことでやっていけるのか?と思ったが施設は古いものの困るレベルではない。リネンにはマジックで東海BKとある。
ここは銀行の保養所だったところで、場所も海から遠いが丘の上、景色は良いが中途半端な場所にある。それが合併と資産リストラで介護付きの老人ホーム施設の用途に売却されるが部屋は余りまくり。
だから部屋だけは無駄に余っているから格安で貸せるのでこういうビジネスモデル(ビジネスとはいえないレベルだけど)になったということだ。
よく考えてみれば、食事もないからトータルで考えれば湯快リゾートみたいな破綻再生型の、最新のシステム運営でコストダウンした格安だがまともな宿泊施設と比べて数千円しか違わない。湯快は7800円で365日同一料金、朝食も夕食もついてというのはかなり魅力だ。
このご時勢に、というかこのご時勢だからこそ健闘しているし、実際繁盛している。

逆に私が泊まったこのような、余剰施設を使った片手間の激安宿泊施設も存在する。
サービスは一切なし、たまたま六畳で家族四人だが、これが六人、七人、と泊まったら一人当たりの料金はもっと安くなる。お風呂は古いがそこそこ大きく、天然温泉が引かれていて掛け流しだ。一週間泊まったら違いも大きい。毎朝毎夕バイキングも飽きるだろうし、かならずしも温泉地の全宿泊需要が一泊を基本とする従来の温泉旅館利用の形態とも限らないだろう。白浜なら夏休みに一週間ほど滞在して子供と海で毎日遊んだりのんびりできる。
少なくとも最低限泊まるという機能が、従来では考えられない価格で実現する施設が存在し、今後続々と増えることはあれ減ることはないだろう。

さて、である。そんな安物の宿があるからなんだというのだ、と思う旅館経営者も多いと思うが、ちょっと考えて欲しい。
何を考えて欲しいかというと、あなたの施設は宿泊客にどういう価値を提供して喜んでもらっているのか?ということをだ。

もし、他に泊まれるところがないから仕方なくと選択されているのであればコモディティ(市場でお金を出せばいくらでも手に入る、原材料といった一次産品)と同じだ、他と比べてましそうだからなんとなく、でリピーターも付かないのであれば、負け組入り決定ではないだろうか?

白浜という伝統的な温泉リゾート地であっても、いやそういうところだから企業の保養所くずれの施設がこれからもどんどんでてくるだろう。それらは天然温泉まで付いてとりあえず宿泊するという価値を提供している。
言い換えればただ泊まれさえすればよいという価値(満足度に見合った消費者が許容できる価格水準)は、高い温泉旅館やせいぜい民宿しか周囲にない時代にくらべてどんどん相対的に下がってくるのだ。
食事は外で済ませればよいのだから、低品質なつまらないサービス内容やお仕着せの食事内容での一泊二食付きを強制されることを不満に思い今まで仕方なく利用していたような客層は、金額に満足度が見合わない「余計な」サービスに無駄金を使うよりはとこういう宿泊機能だけを提供する激安ゲストハウスにかなりの数が流れるのではないだろうか?

では一方でその対極として限りなく高級化し、気の利いた仲居に高い人件費を投入してフルサービスを追及すればよいかといえば、それもブランド化に成功した一部の勝ち組のみがwiners take allとなるだろう。時間に余裕のある富裕層を中心に平日でも客足が絶えないそういう最高峰のサービス志向の旅館はひとつの温泉郷にひとつかふたつ、それ以外の施設は土曜日しか埋まらない過去とおなじ平凡な温泉旅館になるに違いない。
サービスにしろ料理にしろ、競合他社に打ち勝ってトップになるには並大抵の企業努力や体力では無理で、一工夫も二工夫も、業界の常識を覆す大胆な手法や戦略も取り入れ、前例の無い独自の価値を創造して顧客に提供していかないととうてい無理。
そして折角開発した前例の無い独自価値も、中途半端な小手先ノウハウに留まればすぐに真似されて相対的価値はどんどん下がっていく。後発の大資本の競合相手に、折角苦労して開発したノウハウだけ上手にパクられ再び体力競争にもって行かれる、いわゆるマネシタ電器されてしまうのが落ちである。
恒常的に常に最新最高のサービスを提供していく「企業体質」を仕組みとして構築しないと安心できないがこのご時勢だ。
安易に経営セミナーとかベンチマーキングでよそのノウハウをパクれば済むような世界ではないことだけは確かだ。なぜならば業界紙のみならず一般ビジネス誌で取り上げられるぐらい画期的な「成功の要因」"key success factor"でないと顧客はその価値を認めないからである。そしてそれを生み出す「企業体質」が備わらないと企業自体に対する顧客支持は得られない。パクっていいのは絶対圧倒的な資本をもったリーダー企業に限られる。だがこの業界にリーダー的存在の旅館は存在しないし(地域の温泉郷という地域の限定的な市場においては特にだ)、少なくとも個人経営のレベルではない。

また、安さと高品質をバランスさせればよいのか? 言うのは簡単だろうがそのバランスポイントが分からない。よその真似をするしか能が無い経営素人にはどだい無理な話である。
湯快リゾートみたいなオペレーションノウハウを個人経営の旅館で実現するのは難しい。 365日同じ料金でなんて、「そんなの旅館の商売じゃない」とかなんとか言って頭の古い院政しいてるような老人が反対するか、現場もろくに知らない若旦那(経営環境や顧客のニーズも冷静に判断できない)が中途半端な戦略やマーケティングのまま、周囲の意見も聞かずに暴走して、変に道楽に走っただけの形になって自滅するかだ。

営業業暦は長いが経営戦略の素人故に自己革新ができずに新興大手資本に食い散らかされるのがこの業界であり、これは日本料理の世界にもいえること。長年の経験でそのオペレーションの戦術ノウハウはすばらしいが、環境変化や顧客の要求の変化に対してきちんと対応して自ら戦略的に企業体質を変革できない。戦略転換には思い切りが必要だが、過去に引きずられてなかなかそれが大胆に変換できない。

激安ゲストハウスの登場でさらに宿泊機能の価値(満足度に見合った消費者が許容できる価格水準)が相対的に下落し、今後はさらにその傾向に拍車がかかってくるだろうというのが今回の旅行で感じたことだ。ここがあまり知られていないことが他の施設にとって幸いなだけかもしれない。サービスで差別化を図るにも、その図るべきサービスとは何か?自社が顧客に提供できる価値は何が強みで何が弱みか? これからの旅館経営者はさらに苦しい思索と決断を迫られるだろう。
きちんとわかった上で消費者行動まで予測して経営戦略をゼロから見直す、経営雑誌なども枝葉末節のノウハウをパクるのではなく、その経営者がどのような経緯と材料をもとにその決断に至ったのか?を重視して読む。いずれにせよ小手先の戦術ではなく、顧客提供価値の本質を深く吟味した上での戦略で勝負しないと旅館業界での生き残りは難しい。
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地産地消の落とし穴

2009/10/08 木 | 研究 > 観光学

地消地産と書いてあるのを読んで、おかしいなと違和感を持つ人もいるだろう。 普通「地産地消」だろって。
でも信念もってそう書いているところがある、湯布院だ。
どこが違うか? 因果関係と順序 といってピンとくる人はマーケティングのセンスのある人だ。
「地産地消」とは、いわゆるプロダクトアウトの発想だ。
地元でとれたものを地元で使いましょうという、生産者の視線からの言葉だ、買い手、消費者の都合は二の次三の次、ひょっとして使ってあたりまえで使わないやつはけしからん奴だみたいな上から目線なのかもしれない。
逆に「地消地産」は真逆のマーケットインの発想だ。
地元で需要のあるものを地元でつくる。販売するあてがあるから安心して生産できるし安定供給も軌道にのりやすい。

売れないものを押し付けるから、わざわざ地産地消を叫んで需要を喚起しなければいけない。
確かに、土地によって土や気候の関係で必ずしも需要にこたえて最良のものができるという保証はないだろう。
しかし本来の地産地消だって、土地でできたものこそがベストの食材だという発想がある。だがそれは食材とテロワールの関係での話であって、なにも土地のものを消費者は絶対食わねばならないといった押し付けの発想ではないはずだ。
ならば、同じ条件で、よりマーケットに受け入れられるものを考えて育てるのが持続可能なあり方だろう、おまけにフードマイレージも少なくて済むから一石二鳥。

農水省=生産者の発想から、はたしてこういう考えが出てくるだろうか?分かってる業者はとっととやっている。 だけど一番頭が切り替わらないのが行政であり農協といった旧態依然とした勢力ではないか?
最近モーニングに連載している漫画エンゼルバンクでもそういった旧い発想の限界を示唆する場面が幾度となくある。
ビジネスの現実を踏まえ、儲からなければ持続もまた不可能、儲からなくても持続できる?のは親方日の丸だけの話だし、その発想を民間にも押し付けるはお門違いだろう。
美味しんぼでも食材や農業の話はでてくるが、これらには採算という視線が決定的に抜けている。だから極めようとおもったらお金がいくらあっても足りなくなる。贅沢を言い出せばきりがない。しかし需要はどこにあるのか?そこまで考察しないといけないのだ。

サービス産業である観光業も、行政やらが指導にからむと、なぜかプロダクトアウトの発想に陥りやすい。地元の観光協会だって全体のことを考えないで自分の旅館のことばかり考えたりボスとして君臨したいのが牛耳っているところは顧客志向が弱い。真剣にマーケットに向き合わないで失敗要因を景気やら世間のせいにする。どこもおざなりな他所の成功事例を適当にパクったことばかりやっている。
湯布院も観光のイニシアチブをとっているのは大御所の高級旅館の経営者で決して行政ではなかったことが成功の遠因かもしれない。

しかも街を引っ張っていった大御所の経営者は、温泉郷全体の将来像とそこへの戦略を明確にたてて、自らを変えて町全体オープンな温泉郷、たとえば自分のホテルに泊まった人が外食しようが外で飲もうが歓迎している、常識的な旅館のようになんでも自分のところで囲い込むビジネスモデルを堅持しただろう。

そういう覚悟のあるところを形だけ真似したって成功するわけがない。街全体を盛り上げようとか口先だけ言っていても、どこかでボロがでて中途半端で終わってしまう。
だから由布院が顧客満足度の上位を占め続けることができるのだ。

顧客のニーズや市場の要求を研究して対応する。見えにくいが確実な成功への道である。だから今後、地元で生産したものを地元でという言葉は「地消地産」と言い換えるべきであろう。
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地名と身近な観光資源

2009/11/30 月 | 研究 > 観光学

忘れ物を届けに、小学校に行った。
道すがら、見慣れぬ新しい石碑が道路に立っていた。
石碑というか里程標というか一里塚というか。

書いてある内容を見るとそこには熊野街道とある。
四天王寺の出口管長の揮毫による。
八軒家浜から何キロって書いてあるが、これが里とかならもっと完璧だろう。
それにしても毎日のように行き交いしている、自宅前の道が熊野街道だったとはね。
翻ってこういう事例って多いと思う。特に大阪のような古い都市ではなおさらだ。

地元の古い言い伝えや地名などをきちんと伝えないといつか風化してしまう。郷土史家などの古文書の研究に封じ込められてしまう。
そういった歴史の風化を促進する現象として最も判りやすいのが地名の風化である。
大阪でも、地名の整理で南船場だとか東心斎橋だとかに変えられ、本来の地名が消されていく動きに歯止めをかけないと歴史的な文物が観光資源としての価値を失い、ひいては住民の意識やプライドといったソフト的価値をも滅失してしまう。
南船場だって、順慶町とかいろいろ、本来の地名があったはず。
そういう地名をたとえばストリートネームとして残すなりなんなりするべきなのに、そうでもない。教育委員会の作ったちっぽけな石碑がぽつんと残るだけだが、そんな忘れ去られた痕跡に予算を割いて観光振興ができるか? 都市観光の視点を教育委員会に求めても無駄なのかもしれないがそれこそ縦割りの弊害だろう。
現在に残り生きている地名に残る物語こそが観光客をひきつける都市の魅力の重要な要素を構築しているのである。

よくある、大合併で作られた新奇な地名。ひらがなだったり仰々しくより広域の地名を我が物として名乗ったり、こういう地名破壊、歴史破壊がその土地の物語性を毀損していく。

合併しないとやっていけないような過疎の田舎町ほど、地名破壊が大好きみたい。ひらがな市名が続出したり、そういったところほど、ニューツーリズムだとか持続可能な観光だとか土地の人とのふれあいを売り物にしたいとか、助成金目当てのコンサルにそそのかされて結局金太郎飴みたいによそと代わり映えしないような施策で行き詰っている。

だが、千年以上続く由緒正しい名前を毀損してまで、複数の合併前の各町村の面子の調整を優先してわけのわからないDQN市名をつけるような土地の人間と積極的に交流しようとする都会人がいるだろうか?
DQNな名前の子供は、親がヤンキーだったり無教養だったり、親の程度が低いっていう連想が起こるし、それは事実だろう。
呉智英だって、偏差値の高い女子大の生徒の名前は○子といった子付が多いのに対し、偏差値が低くなるほど"暴走万葉仮名”の名前が増えると書いていた。名前が問題ではなく、名前をつける親の教養程度や家庭環境によって子供の教養や学力に差がついてくるということだろう。
同じことが観光にも言えるのではないだろうか? 文化や歴史を粗末に扱うことが容認されるような地方と、歴史的な地名や文化を大切にして土地の人がそれを誇りにしている地方と、どっちがイメージがよろしいでしょうか?

読みにくかろうと、難解だろうと、歴史や謂れを大切にする、郷土に誇りをもつ姿勢こそが観光客にとっての魅力ではないだろうか?と最近つくづく思う。
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「水」ものだからうまくいかない観光振興

2010/01/17 日 | 研究 > 観光学

いろいろ、地方の観光振興を見ていて思うことがある。

それぞれ一生懸命取り組んでいるのだが、魂が入っているところとそうでないところ、自分たちで考え出したものとよその事例や知識、コンサルの提案をそのまま採用したもの、いろいろある。

だいたい、民間の人が主体になっているところよりも、行政主導でやったところのほうが失敗している。行政主導でも民間の知恵を採用したところは成功しているし、行政や政治の論理が優先したところはそうでもない。

失敗しているところで目立つ共通点が、それらは「水」ものだということだ。
水の元素記号はH2O、二つのHと1つのOでそれが象徴されるのだ。
(これ、私が感じて考え出したオリジナルの言葉です。)
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観光振興の企画書とは

2010/01/18 月 | 研究 > 観光学

H2Oのその中でも補助金の闇は深い

そもそも、補助金を取れる、通りやすい企画書と、お客を呼べる実用になる企画書とは違う。
通すことがまずありきであり、仮定に想定を重ねた代物を、他所の事例で上手にそれらしくする。まるでサブプライムローン。
MBSをあつめてCDSにして、それをまた複雑にして、わけわかんない。役所が喜ぶ分厚い企画書もまた同様。

実のところ分厚いそれらしき書類など実は誰も見ないし読んでほしくないからわざと分厚く作る。集客の役になどたたない。
無駄な作成作業の成果は高価な見積りとなって、補助金がそれに消えていく。
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オリジナリティ

2010/01/20 水 | 研究 > 観光学

街歩きにしろなににしろ、確かに街は違うのだが、そのおもしろさは必死で頭を使ってひねり出した先進地と、コンサルタントの提案するどおりのよその真似ごとと、同じおもしろさのわけがない。旧い商家を改装した博物館施設、そこでの体験コーナー、もはやありふれていて食傷ぎみ。
そして観光客という消費者は冷徹にその違いと優劣、平易にいえば楽しさのレベルを嗅ぎ分ける。

全国的に江戸時代の航路にある栄えた港町とか、宿場町とか、大商人や大名の屋敷跡を改装して、観光施設にしている。
久美浜にもある、そういった施設で過去の栄華や古い文物を見るのは楽しいものだ。
私も個人的には大好き、電気も石油もなかったころの暮らしや産業に思いを馳せるのは結構なこと。
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